第11話 二枚の切符
朝は美味い食事を食うに限る。
バターがたっぷり乗ったトースト。
油まみれのソーセージとベーコン。
卵が乗った、アツアツのパンケーキ。
フォークにパンケーキを突き刺す。ナイフで切り分けることはしなかった。
一口かじる。
「うっ………………………まぁ………………」
たまらずバクバクと口に詰め込んでいく様子を、店主の老婦人は満足そうに見ていた。
「あんた、いい食べっぷりだねぇ」
「ンッ、ぐ……。三日ぶりなんだ。まともな飯食うの」
「そりゃいけない。育ち盛りなんだからいっぱい食べな!」
「サービスだよ」と出されたハムレタスサンドイッチは、野菜は新鮮でハムも肉厚。ふかふかのパンで挟まれていた。
ラグラスは思わずゴーグルの奥で破顔して「ありがと!」と言った。
「海面汽車?」
「そ。この島から出てるって聞いたんだけど」
食後の甘いカフェオレを飲みながら、ラグラスは店主に尋ねた。
「ああ、それならちょうど今日出発するよ。今回の行き先は……」
「や、出発時刻だけでいい」
店主の言葉を、首を振って遮る。
「ノノバルでは有名な乗り物だって聞いてさ。一度くらい乗っとかないとな」
「あんたぁ、観光客かい」
物珍しさに汽車に乗りたいだけだろう、そう結論づけた店主にラグラスは肯定も否定も返さない。
悠々とマグカップを傾けるのみだ。
気にすることなく、店主はグラスを拭きながら答える。
「今回は十七時出発だよ。ちょうど日の入りと同時くらいかね」
「まだ時間あるな」
ちらりと壁時計を見やる。
短針は十を指していた。
「だけど早めに切符を買った方がいいね。何しろ半月ぶりだから」
老婦人はそう言って説明してくれた。
汽車は四両編成。
一等車両と二等車がそれぞれ一つずつ、三等車両が二つ。座席はいつも満席近く埋まるらしい。
ラグラスはカフェオレを飲みきると、礼を言って店を出た。
店の外では活気で満ちている。
出店を構える者。
汽車の模型を手に走り回る子供。
早いうちから酒を煽っている大人……。
様々な人で埋まるカラフルな道をスイスイと歩きながら、ラグラスは駅を目指す。自然と足取りも軽くなった。
店主からは忠告されたが、ラグラスのお目当ては一等車両だ。
幸いなことに、"彼"のおかげで財布は潤っている。
駅に近づくにつれ、すれ違う人も多くなった。
しかし、誰も彼も不満そうな顔をしていた。
(まさか売り切れか?)
切符売り場へ急ぐ。制帽を被った男が窓口を閉めようとしていたので、ラグラスは声を張り上げた。
「ちょっと待ったぁ! 一等車両! 一枚!」
財布を手に滑り込んできた客を、男が迷惑そうに見る。
「悪いけどね、全席満席だよ」
「じゃ、じゃあ三等でもいい。立席とかあるだろ?」
「ないよ」
「なっ……荷物置き場は!? 一人分くらいあるだろ!」
「そんなとこ危ないでしょ。ダメダメ」
「そこをなんとかっ……! どうしても今日乗んなきゃダメなんだっ!」
カウンターに身を乗り出し制服を掴んで縋る様子が、流石に哀れに映ったのだろう。
男は仕方ないとばかりに目を伏せて手元の帳簿表をめくった。もう一度、空いてる席はないか確認してくれるらしかった。
ゴーグルをずり上げながら、祈るように手を組む。
様子を見つめていたが、男はしばらくして首を振りながら帳簿を閉じた。
「駄目だな。満席だ」
「そんな……」
「ほらほら、出てった」と駅員に追い払うように手を振られてしまえば、その通りにするしかない。
売り場の前を往復してみるが、結果は変わらなかった。
改札の向こう側、赤茶色の車体が視界に映る。
(いや、まだだ……。乗車するだけなら方法はある!)
ラグラスは決意した。どうにか忍び込む他ない、と。
幸いなことに、そういう悪童じみたことは嫌と言うほど師から叩き込まれている。
剣や銃の腕はからきしだったラグラスに、生き抜くための方法を授けてくれた。
血反吐を吐くほど辛い修行の日々を思い返す。
『お前雑魚なんだから。逃げ技忍び技だけは死んでも覚えろ』
(教えが活きました、師匠──!)
「ちょいと、そこの御仁」
一人決意に燃えるラグラスの袖を、誰かが引いた。そちらに目を向ける。
腰を曲げた小さな老婆が、微笑みを携えて目の前の少年を見上げている。
ラグラスは自分に指を差した。
「俺?」
「そうそう、さっきのやり取りが聞こえてね」
不思議そうにしている彼に、老婆は「実は」と懐に手を忍ばせた。
「息子夫婦にと思ったんだが、予定が変わっちまってねぇ。無駄になるのもなんだし」
そう言って取り出したのは切符だった。
ラグラスの瞳が黒い隔たりの奥で輝く。
「いいの!?」
「もちろんだよ。乗りたい人が乗りゃいい」
快く譲ってくれた切符を大事に受け取る。
白い長方形の紙に、「ウバ行き」と黒いインクが滲んでいた。
しばらくそれを宝物のように見つめていたが、ハッと思い出して懐を探る。
「あっ、代金は?」
「いいよ、どうせ三等車両だしね。お友達同士楽しんでおいで」
「友達?」
言われた意味が分からず、もう一度切符に視線を落とす。
指をずらすと紙が擦れて、重なっていた二枚目が現れた。
ラグラスに必要なのは一枚だけである。もう一枚は返そうと老婆に差し出すと、それを後ろから、ひょいっと軽く奪われてしまった。
「いやぁ、助かります。優しい方でよかったね」
「は?」
大剣を担いだ黒い青年が、そこにいた。
その声には聞き覚えがある。
にこりと口元で胡散臭そうな笑みを作って向けてきたので、ラグラスは思わず固まってしまった。いつの間に、というか。
「ストーカーかよテメェ!」
「君が僕の財布持って行くからだろ」
心外だと言うようにアスレインが革製の財布を掲げた。
ハッとする。懐にしまった覚えがないそれは、間違いなくラグラスが今朝拝借したものだった。
「返せよ!」
「こっちのセリフだ」
取り上げようとするも、うまいこと躱される。何度か挑戦して諦めた。
もういい。一番欲しかったものは手に入ったのだ。
「で、これなに?」
知らずに受け取ったらしい切符をしげしげと眺めながら、アスレインは尋ねた。忌々しげにラグラスが答える。
「お前には必要ないもんだよ」
「ああ、ウバ行きの汽車か。うん……、まあ行けなくはないかな」
切符を口元に当て、視線を上へ向け、考える。
(モルガナ達との合流地点とは逆方向だけど……。確かウバでは蒸気船が動いてるんだっけ)
ノノバルから向かうより速いだろう。
切符には発車時刻も記載がある。しばらく時間を潰す必要があるようだ。
そう結論づけたアスレインは一つ頷いて、老婆に再度礼を言った。
ラグラスに向けて片目を閉じてみせる。
「ねぇ、お腹すかない? 奢るよ」
「もう食った」
「僕の金だろ、ソレ」




