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シルバー・ブレス 〜彼の者は祝福を授かった〜  作者: 赤石
-第2章 邂逅の海面汽車-
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第11話 二枚の切符

 朝は美味い食事を食うに限る。

 

 バターがたっぷり乗ったトースト。

 油まみれのソーセージとベーコン。

 卵が乗った、アツアツのパンケーキ。


 フォークにパンケーキを突き刺す。ナイフで切り分けることはしなかった。

 一口かじる。


「うっ………………………まぁ………………」


 たまらずバクバクと口に詰め込んでいく様子を、店主の老婦人は満足そうに見ていた。


「あんた、いい食べっぷりだねぇ」

「ンッ、ぐ……。三日ぶりなんだ。まともな飯食うの」

「そりゃいけない。育ち盛りなんだからいっぱい食べな!」


「サービスだよ」と出されたハムレタスサンドイッチは、野菜は新鮮でハムも肉厚。ふかふかのパンで挟まれていた。

 ラグラスは思わずゴーグルの奥で破顔して「ありがと!」と言った。










「海面汽車?」

「そ。この島から出てるって聞いたんだけど」


 食後の甘いカフェオレを飲みながら、ラグラスは店主に尋ねた。


「ああ、それならちょうど今日出発するよ。今回の行き先は……」

「や、出発時刻だけでいい」


 店主の言葉を、首を振って遮る。


「ノノバルでは有名な乗り物だって聞いてさ。一度くらい乗っとかないとな」

「あんたぁ、観光客かい」


 物珍しさに汽車に乗りたいだけだろう、そう結論づけた店主にラグラスは肯定も否定も返さない。

 悠々とマグカップを傾けるのみだ。

 気にすることなく、店主はグラスを拭きながら答える。


「今回は十七時出発だよ。ちょうど日の入りと同時くらいかね」

「まだ時間あるな」


 ちらりと壁時計を見やる。

 短針は十を指していた。

 

「だけど早めに切符を買った方がいいね。何しろ半月ぶりだから」


 老婦人はそう言って説明してくれた。

 汽車は四両編成。

 一等車両と二等車がそれぞれ一つずつ、三等車両が二つ。座席はいつも満席近く埋まるらしい。

 

 ラグラスはカフェオレを飲みきると、礼を言って店を出た。

 

 店の外では活気で満ちている。

 出店を構える者。

 汽車の模型を手に走り回る子供。

 早いうちから酒を煽っている大人……。

 

 様々な人で埋まるカラフルな道をスイスイと歩きながら、ラグラスは駅を目指す。自然と足取りも軽くなった。

 店主からは忠告されたが、ラグラスのお目当ては一等車両だ。

 幸いなことに、"彼"のおかげで財布は潤っている。

 

 駅に近づくにつれ、すれ違う人も多くなった。

 しかし、誰も彼も不満そうな顔をしていた。


 (まさか売り切れか?)


 切符売り場へ急ぐ。制帽を被った男が窓口を閉めようとしていたので、ラグラスは声を張り上げた。


「ちょっと待ったぁ! 一等車両! 一枚!」


 財布を手に滑り込んできた客を、男が迷惑そうに見る。


「悪いけどね、全席満席だよ」

「じゃ、じゃあ三等でもいい。立席とかあるだろ?」

「ないよ」

「なっ……荷物置き場は!? 一人分くらいあるだろ!」

「そんなとこ危ないでしょ。ダメダメ」

「そこをなんとかっ……! どうしても今日乗んなきゃダメなんだっ!」


 カウンターに身を乗り出し制服を掴んで縋る様子が、流石に哀れに映ったのだろう。

 男は仕方ないとばかりに目を伏せて手元の帳簿表をめくった。もう一度、空いてる席はないか確認してくれるらしかった。

 ゴーグルをずり上げながら、祈るように手を組む。

 様子を見つめていたが、男はしばらくして首を振りながら帳簿を閉じた。


「駄目だな。満席だ」

「そんな……」


 「ほらほら、出てった」と駅員に追い払うように手を振られてしまえば、その通りにするしかない。

 売り場の前を往復してみるが、結果は変わらなかった。

 改札の向こう側、赤茶色の車体が視界に映る。


(いや、まだだ……。乗車するだけなら方法はある!)

 

 ラグラスは決意した。どうにか忍び込む他ない、と。

 幸いなことに、そういう悪童じみたことは嫌と言うほど師から叩き込まれている。

 剣や銃の腕はからきしだったラグラスに、生き抜くための方法を授けてくれた。

 血反吐を吐くほど辛い修行の日々を思い返す。


『お前雑魚なんだから。逃げ技忍び技だけは死んでも覚えろ』

(教えが活きました、師匠──!)


「ちょいと、そこの御仁」


 一人決意に燃えるラグラスの袖を、誰かが引いた。そちらに目を向ける。

 腰を曲げた小さな老婆が、微笑みを携えて目の前の少年を見上げている。

 ラグラスは自分に指を差した。


「俺?」

「そうそう、さっきのやり取りが聞こえてね」


 不思議そうにしている彼に、老婆は「実は」と懐に手を忍ばせた。


「息子夫婦にと思ったんだが、予定が変わっちまってねぇ。無駄になるのもなんだし」


 そう言って取り出したのは切符だった。

 ラグラスの瞳が黒い隔たりの奥で輝く。

 

「いいの!?」

「もちろんだよ。乗りたい人が乗りゃいい」


 快く譲ってくれた切符を大事に受け取る。

 白い長方形の紙に、「ウバ行き」と黒いインクが滲んでいた。


 しばらくそれを宝物のように見つめていたが、ハッと思い出して懐を探る。

 

「あっ、代金は?」

「いいよ、どうせ三等車両だしね。お友達同士楽しんでおいで」

「友達?」


 言われた意味が分からず、もう一度切符に視線を落とす。

 指をずらすと紙が擦れて、重なっていた二枚目が現れた。

 ラグラスに必要なのは一枚だけである。もう一枚は返そうと老婆に差し出すと、それを後ろから、ひょいっと軽く奪われてしまった。


「いやぁ、助かります。優しい方でよかったね」

「は?」


 大剣を担いだ黒い青年が、そこにいた。

 その声には聞き覚えがある。

 にこりと口元で胡散臭そうな笑みを作って向けてきたので、ラグラスは思わず固まってしまった。いつの間に、というか。


「ストーカーかよテメェ!」

「君が僕の財布持って行くからだろ」


 心外だと言うようにアスレインが革製の財布を掲げた。

 ハッとする。懐にしまった覚えがないそれは、間違いなくラグラスが今朝拝借したものだった。


「返せよ!」

「こっちのセリフだ」


 取り上げようとするも、うまいこと躱される。何度か挑戦して諦めた。

 もういい。一番欲しかったものは手に入ったのだ。


「で、これなに?」


 知らずに受け取ったらしい切符をしげしげと眺めながら、アスレインは尋ねた。忌々しげにラグラスが答える。


「お前には必要ないもんだよ」

「ああ、ウバ行きの汽車か。うん……、まあ行けなくはないかな」


 切符を口元に当て、視線を上へ向け、考える。


(モルガナ達との合流地点とは逆方向だけど……。確かウバでは蒸気船が動いてるんだっけ)


 ノノバルから向かうより速いだろう。

 切符には発車時刻も記載がある。しばらく時間を潰す必要があるようだ。


 そう結論づけたアスレインは一つ頷いて、老婆に再度礼を言った。

 ラグラスに向けて片目を閉じてみせる。


「ねぇ、お腹すかない? 奢るよ」

「もう食った」

「僕の金だろ、ソレ」

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