第10話 銀色に瞬く
アスレインは最後に対面した男の腹を、大剣で貫いた。
血が飛び散り、崩れる。
仲間達の言動から見て、この男が頭だったのだろう。
それにしては少し──いやかなり、喧嘩慣れしていないような気がしたが。
「鮮やかだな」
いつの間にか背後についていたモルガナが感心したようにそう言った。
彼女は返り血ひとつ浴びていなかった。
「だが、血の気の多さはいただけない」
「はは……ごもっとも」
決まり悪そうに視線をずらすアスレインを見て、モルガナは首を振った。
それに、と彼女は続けた。焦点がアスレインの傷口に合わさる。
「その自己治癒についても、後で話をしようか」
「……」
「祝福ではないようだしな」
アスレインは軽く笑って流した。
彼だって、いつまでも隠し通せるとは思っていない。
ただ、モルガナはこの場で追求しようとはしなかった。
「さて、戻るか。皆を待たせている」
「先に行ってて。僕は見落としがないか見回ってくる」
「いいのか? 本日のは自信作なのだが」
「あ、あぁ、大丈夫。みんなでどうぞ」
腹を下すより空腹に耐える方がマシである。
きっと気を利かせたロベルタあたりがアスレインの分の"無事な食事"を残しておいてくれるだろう。
グランにはどやされるかもしれないが、別に構わない。
そうしてアスレインは船の内部を見回った。
見た目より下に広く広がっている。薄暗い。
それでも船員は表に出てきた分が全てであったのだろう。人の気配はしなかった。
ガタン
真横の部屋から音がした。唸り声のような低い呼吸音が聞こえる。
(なんだろう)
大抵の人であれば、暗がりで一人きりの状況である。無謀なことはしない。
しかしアスレインは躊躇いなく扉を開けた。錆びついて少し重い。
視界が白く濁る。埃とカビ臭い部屋だった。
思わず咳き込む。
「うへぇ」
滲む涙を拭いながら、あたりを見回す。
どうやら貨物室のようだった。壊れた椅子やら机やらが押し込められている。
人一人分が通れるほどの僅かな隙間を縫って奥に進むと、誰かが倒れ込んでいた。
近づく。
後ろ手に縛られて、布を口に噛ませられ、黒いゴーグルをつけた人物が横になっている。
肩に手をかけ揺らすと、ぴくり、と反応があった。
「大丈夫ですか?」
声をかける。くぐもった声が返される。
布を外してやるとその人は息を吸い込み、咳き込んだ。
「こんなとこで呼吸しちゃ駄目だよ」
そう言って縄を解き、肩を貸して貨物室から出してやった。
座り込み、咳き込み続ける背中をさすってやると、幾分か落ち着いたのだろう。
銀髪をハーフアップに結った少年はガラガラの声で「ありがとう」と言った。
「僕はアスレイン。海賊に襲われて返り討ちにしてやったら、君がいた」
君は? と問いかける。
少年は一瞬体をこわばらせたが、すぐに「ラグラス」と答えた。
「海賊に売っ払われるところだった。助かった」
「それは良かった」
見たところ、ラグラスはアスレインと同い年くらいに見える。
「近くの島まで送るよ。立てる?」
「……ああ、」
ふらふらと、覚束ない足取りで立ち上がった。
これは間違ってもモルガナの料理は食わせられないなと内心で思った時、船が大きく揺れた。
二人してその場に倒れ込む。
「ッ、なんだ?」
慌てて階段を駆け上がり甲板に出ると、大粒の雨が船に打ちつけていた。
突風が波を作り、船を揺らす。
グランの言う通り、嵐が来たのだ。
「これは……、」
「船から出ない方がいい。海に流される」
言葉を失うラグラスの腕を引き、部屋の中に戻る。
扉を閉めても、外の轟音は鼓膜を揺らしていた。
大剣を肩から下ろし、椅子に腰掛ける。
これではモルガナ達の元へ帰れない。
「お前の乗ってきた船は……」
「この波だと、もう離れてしまったろうね。みんな無事だといいけど」
それだけ聞くと、ラグラスは俯いた。
気づいたアスレインが、慌てて両手を顔の前で振る。
「全部僕が勝手にやったことだ。君が気に病む必要はないよ」
「別に……病んでない」
それだけ言って会話は途切れた。
沈黙が流れる。
「…………何かゲームでもする?」
「しねぇよ」
「じゃあ、お互いのことを知る、とか」
くだらないとは思ったが、他にやることがない。
ラグラスは渋々頷いた。
「いくつなの?」
「十八」
「僕は十九」
思った通り、歳は近い。
「どうして海賊に捕まった?」
「さっきも言ったろ」
ラグラスは答えない。
アスレインは大人しく引き下がって、「じゃあ、」と話題を変えた。
「捕まるまでは? 何してた?」
「……一人旅」
「へぇ! 僕も同じだ」
共通点を見つけてアスレインの顔が輝く。
この世界で一人旅をする人間というのは、そう珍しくは無い。特に多感な時期の男児などは、刺激を求めて外へ飛び出す。
しかし、大体は周辺の島を数年かけて周り、結局は故郷に戻って所帯を持つのだ。
(この子もそうなのかな)
いかにも"多感そうな"風体の子だ。
親と喧嘩して家を飛び出し、厄介ごとに巻き込まれ海賊に捕まった。そんなところだろうか。
一人納得し頷くアスレインに、棘のような視線が寄越される。「くだらないこと考えんな」と足を蹴られた。
「いったぁ。別に何も言ってないよ」
「全部声に出てんだよ」
「あれ?」
悪びれた様子もなく首を傾げる様子に、ラグラスは再びアスレインの足を蹴り上げた。
そして、立ち上がり壁の隅へ身を寄せる。
「もーいい。やることもないし、寝る」
「そんな隅で? 椅子使いなよ、余ってるし」
「いい。話しかけんな」
ラグラスはそのまま、うずくまるようにして体を丸めた。
それ以上話しかけても全て無視されたので、アスレインも諦めて、彼と対角線上にあたる壁際へもたれ掛かった。
少しでも彼が安心できるように、との配慮である。
そのままうたた寝するつもりだったが、思いの外深く眠り込んでいたらしい。
翌朝は前日の嵐が嘘みたいに、すっきりと晴れ渡っていた。
汽船はどこかの島近くに停留していた。
ラグラスが操縦したのだろうか。彼を探したが、部屋どころか船内のどこにも、銀色の少年の姿は見えなかった。
とっくの昔に島へ向かったようである。
──アスレインの財布と共に。




