第97話 救いの手
燃え上がる炎の中を突っ切った私は、床の上に転がり込む。
しばらくは、うずくまって動けなかった。
心臓が壊れそうな程に速く脈打っている。
それでも加護の魔法のおかげで、火は私の肌を焦がすことは無かった。
「……や、やった。あとは何とか外に」
よろめきながら立ちあがると、私は駆けだした。
フレアリス家の屋敷は、壮絶な惨状と化していた。
暴れ回っているのは小型の蝙蝠のような姿をした魔物の群れだった。
魔物たちは無秩序に飛び回り、建物や調度品を破壊していく。
衛兵は必死に剣を振るうが、空飛ぶ魔物にはなかなか攻撃が当たらない。
居合わせた魔術師も応戦していたが、敵の数の多さに苦戦していた。
混乱を更に加速させているのは、屋敷内に立ち込める黒煙と燃え盛る炎だ。
魔物への対応時に起きてしまった火災らしいが、住人は魔物への対処と消火活動の両方に追われ、完全に立ち回らなくなっている様子だった。
(外は……、出口への道は……)
魔物は積極的に人間を襲っているわけではない。
しかし興奮状態で、下手に刺激をすると牙をむいてくるだろう。
それでも隠れている暇なんてない。
私は視界が悪い中、必死に出口を求めて走る。
「助けて……」
その最中、倒れた棚の奥からか細い声が聞こえてきた。
私が振り返ると、瓦礫に足を挟まれて動けなくなっている女性の姿があった。
「ジゼルさん!?」
見知った姿に驚いて声をあげると、彼女も驚愕に目を見開いた。
「カナリヤ様? どうして、ここに」
私は返事をすることができないまま、彼女の方へ駆け寄った。
逃亡している立場だが、ジゼルさんを見捨てていくことができない。
「待っていてください。何とかここから出しますから」
必死に瓦礫に手をかけて持ち上げようとするが、重くてびくともしない。
その間にも魔物は暴れ回り、黒煙と炎が迫りくる。
焦りが募る。
「お願い……、動いて……!!」
私が叫ぶと、瓦礫が淡い光に包まれた。
先程、扉が開いた時と同じだ。
「……!」
そしてそのまま、瓦礫は自分でふわりとジゼルさんの足の上から退いた。
「あ、ありがとうございます。カナリヤ様、今の御力は……!?」
唖然としたジゼルさんの言葉に重なるように、背後から声が響いた。
「見ろ、カナリヤ様だ!」
「なんだと、急いで確保しろ」
「――ッ!!」
ジゼルさん以外にも、私の姿が見つかってしまったらしい。
「すみません、私は、ここで!」
彼女の怪我が心配だが、きっと注意が向いたから、他の誰かが助けてくれるだろう。
そう祈りつつ、私は再び駆け出した。
私は無我夢中で走る。
しかし、追手の数はどんどん増えていく。
衰弱した身体ではすぐに息が切れ、胸が苦しくなってくる。
「そっちに行ったぞ、まわりこめ!!」
「きゃっ!」
進行方向に、数名の衛兵の姿が現れた。
背後からも近い距離で、追手が迫ってきている。
ついに追い詰められてしまった私は、絶望に顔を歪ませる。
今にも捕獲されそうになったその時、私の足元の影が不自然に揺らめいた。
「……!! まさか」
私が言い終わるよりも前に、影は立体にたちのぼり、真っ黒な馬の姿となる。
そのまま私を背に乗せて、追手の衛兵を突っ切って走り始めた。
「ノクスさん!?」
「遅くなってすまない、カナリヤ殿。黒曜城一同、助けに参上した」
彼は馬の姿のままそう告げると一気に階段で三階まで駆けのぼり、大窓の傍までやってきた。
「カナリヤ、こっちにゃ!!」
「カナリヤ様、はやく!」
そこには黒銀の竜アウロスと、その背に乗った灰猫のミュラさん、カラス姿のルージュさんがいた。




