第96話 貴方の為に
一人薄暗い部屋に取り残されて、私は絶望に打ちひしがれていた。
――私は、なんて愚かだったのだろう。
そもそも全ての元凶がロイドだったのだ。
火事に遭い、母が死に、父が狂い、義母と義妹に酷い仕打ちを受け、最後は自分が殺された。
その全部にロイドが関与していたのに、何も知らずに彼を頼りにし続けた。
そして今度は、愛する人が無実の罪で殺されようとしている。
私がもっと、彼の危険性に早く気づいていれば。
私がもっと、警戒心を持って接することができていれば。
こんな恐ろしい事態は避けることが出来ていたかもしれない。
己の愚かさが腹立たしい。
己の無力さが憎らしい。
けれど、嘆いてばかりもいられない。
何か自分に出来ることはないだろうか。
――何か、せめて、何か。
「お願いします。開けてください! 開けて! 出して!!」
私は閉じ込められている部屋の扉を必死に叩いた。
声が枯れる程に叫んだ。
反応は何もない。返事がかえることすらない。
それでも私は、叫び続けた。
「お願い、出して! 行かなくちゃいけないの。お願い!!」
その瞬間、扉全体が薄っすらとした光に覆われた。
「……!?」
私は驚いて思わず身を引いた。
ロイドの仕掛けた罠かもしれないと思ったからだ。
けれど、暫く待っても特に異変は起こらなかった。
「ど、どういうこと?」
私は恐る恐る、扉に手を触れる。
不思議と嫌な感じは全くなかった。
それどころか、私の味方でいてくれるような感覚がした。
「お願い。……ここを開けてくれる?」
私が静かに呟くと、鍵がガチャリと開く音がした。
そしてゆっくりと扉が開いていく。
「もしかして、魔法が」
私の魔法は念じることで、物に命を吹き込むことができる。
ただ、物に念じるというのが難しく、普段は刺繍でその行為を代替していた。
しかし今、追い詰められた私の叫びが、扉に魔法をかけてくれたのだろう。
「……ありがとう」
私は扉に小さな声でお礼を告げると、そっと部屋の外へ足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
部屋の外は細い通路のような廊下が続いており、見張りなどの姿はなかった。
(助かった。でも、どうして誰もいないのかしら)
私は出来るだけ気配を消しながら、静かに歩を進めていく。
ロイドは私を閉じ込める際、常時監視しておくように指示していたはずだ。
フレアリス家の使用人たちが、彼の命令に背くとは考えられない。
やがて、地上へ上がる階段が見えてきた。
進むにつれて、異常なざわめきが耳に入るようになってくる。
そして私の抱いた疑問への答えも、すぐに理解できた。
(――!! これは!?)
屋敷の一階は、喧騒と混乱に包まれていた。
人々の叫び声と魔物の鳴き声が響き合い、あちこちから炎が上がっているのが確認できる。
至る所で窓ガラスが砕け、上空を小型の魔物が飛び回っていた。
使用人たちの多くは逃げ惑ったり隠れたりしている。
居合わせた兵士たちは魔物に抗っているが、屋敷の中で思うように立ちまわれないらしい。
「そちらへ逃げたぞ!」
「駄目だ、数が多すぎるっ」
「怪我をした、助けてくれ!」
「誰だ炎魔法を使ったのは、火事が広がっているぞ、水を!」
「ロイド様が戻る前に事態をおさめなくては」
「救援を呼べ!!」
(何が起きているというの?)
理解できない壮絶な光景に私は唖然としてしまった。
もしかして、サリオン様や魔物さん達が行動したのだろうかと一瞬過ったが、おそらく違う。
彼らがこんな無差別に人々に危害を加えるとは考えにくい。
――とにかく、これは私にとってはチャンスだった。
いま、人々の意識は完全に魔物の群れに向いている。
逃げ出すなら、今しかないだろう。
意を決して足を踏み出そうとしたところで、私は息をのんだ。
「ああっ……!」
地上へ続く階段に火の手が回り、ごうごうと炎が燃え広がっていく。
行かなくてはいけないのに、私の身体は反射的に硬直した。
揺らめき高く立ち上る真っ赤な火は、過去の火事での恐怖を思い起こさせる。
無意識に呼吸が速くなる。
指先が、身体がガタガタと震え始める。
目に涙が滲んで、視界がぼやけてくる。
……だめ、それでも、いかなくちゃ。
私はきつく拳を握り締める。
血が滲むほどに唇を嚙んだ。
……いかなくちゃ。サリオン様のために。
私は深く息を吐き出した。
それから強く足を踏み出して、思い切り炎の中を突っ切るように跳び抜けた。




