第98話 王都炎上
大窓の外で呼びかけてくれたルージュさん達に応えるように、私は手をあげる。
「皆さん……!」
黒馬の姿となったノクスさんは私を乗せたまま、速度を緩めず窓へと駆けていく。
背後からはバタバタと複数の足音が迫ってきた。
小さな爆発音も轟く。
追いかけてくる魔導師の一人が、苦し紛れに攻撃魔法を放っているらしかった。
「ノクス、追手にゃ。飛べ!!」
「言われなくとも!」
その瞬間、床を蹴ってノクスさんが一気に跳躍する。
窓枠を大きく飛び越えて、黒銀の竜であるアウロスの背に着地した。
私たちが背に乗ったことを確認すると、アウロスは間髪入れずに大空へ飛び立つ。
「くそっ、待て!」
「カナリヤ様ー!!」
閉じ込められていて時間の感覚も無かったが、空には月が静かに浮かんでいた。
アウロスの黒い翼は、夜の闇に溶け込むように速度を増していく。
フレアリス家の屋敷から響く叫び声も、すぐに小さく聞こえなくなっていった。
◇ ◇ ◇
「カナリヤ様、ご無事でよかったです!」
追手を振り切ったところで、カラス姿のルージュさんが胸の中に飛び込んできた。
私はそれを受け止めて、ぎゅっと抱きしめる。
「ありがとうございます。心配をかけて……ごめんなさい」
「カナリヤが謝ることじゃないにゃ。ああもう、こんなに痩せちゃって。アイツに酷い目にあわされたのかにゃ? やっぱり、もう少し暴れておけばよかったかにゃ?」
灰猫のミュラさんはやつれた私の姿に、怒ったようにふんふんと尻尾を振っている。
「その意見には同意だが、まずはカナリヤ殿救出が先決だった。仕方あるまい」
ノクスさんは馬の姿から人型に戻り、私をアウロスの背へ下ろしてくれた。
「はい。本当に助かりました。あのままでは、また捕まっていたと思いますから」
心からの感謝を告げて頭を下げると、私は眼下に広がる王都の景色へ視線を向けた。
逃げ切ることで頭がいっぱいで、騒々しさには気づいてもすぐに状況が把握できなかった。
しかし改めて眺めてみると、至る所で火事が起こり、夜闇に白煙が立ち上っている。
王城周辺は流石に騒ぎが少ないようだが、少し中心部から外れると状況は絶望的だった。
目を凝らせば大小様々な魔物たちが我が物顔で暴れまわり、倒れている人の姿も沢山見えた。
「あの、これは……一体、何が起こっているんですか?」
「カナリヤ、ここ何日かの騒動を知らないのかにゃ」
「すみません。地下室に閉じ込められていて、何も。大きな音がするのは聞こえていたのですが」
監禁されていたという私の発言に、ミュラさん達が一瞬、殺気だった。
だが、ひとまず説明をしようと再び話し始める。
「ボク達が介入した後、地方での魔物の暴走騒動は暫くおさまっていたんだ。だが、数日前、今度は王都で魔物の暴走が始まったにゃ」
「王都で!?」
「しかも、地方で起きていたのとは比べ物にならない規模にゃ。今は鎮圧されてるけど、一番酷い時は王都中枢でも魔物が暴れ回っていた」
「そんな、どうして……」
理解が追い付かず声を震わせる私を慰めるように、ルージュさんが身を寄せてくれる。
その様子を見つめつつ、ノクスさんも口を開く。
「ラルゴは我々との約束通り、ヴァレンティーヌ家の屋敷から動いていなかった。とすると、実行犯は、ロイド本人かもしれない」
私はその言葉に息をのみ、必死に頭を巡らせる。
「数日前……、数日前は」
そして、目を見開いた。
閉じ込められていたから時間の感覚は曖昧だ。
だが、きっと、そのタイミングは――、
「私がロイドに襲われそうになって、指輪の加護の魔法が発動して」
私は左手の薬指に光る指輪を握り締めた。
「その後、サリオン様が王国牢で騒ぎを起こしていると聞かされた頃です」
それを告げた途端、その場の空気が凍り付いた。
ルージュさんは泣きそうな声で、私にしがみ付いた。
「ううっ、それは本当に怖かったでしょう。傍にいれなくて、ごめんなさいです」
「大丈夫ですよ。サリオン様の指輪が守ってくれましたから。それに皆さんのおかげで、私、強くなれましたから」
私はルージュさんの頭を優しく撫でる。
ミュラさんとノクスさんの周囲には、怒りのあまり黒い魔力のオーラが揺らめいていた。
「あの野郎……、ホントにゼッタイ許さないにゃ」
「だが、陛下が動いたのならば、王国牢など破壊できるはず。なぜ未だに囚われていらっしゃるんだ?」
ノクスさんのもっともな疑問に、私は言葉を詰まらせる。
地下室で目にした、ロイドの勝ち誇った笑みが思い出される。
『アイツが俺に負けを認めたからだよ。もう抗う気力もないのさ』
私は拳を握り締めた。
信じたくない。そんな言葉、信じたくはない。
けれど実際、サリオン様は囚われたままだ。
何かが彼に起こっていることは間違いない。
「もしかしたら、ロイドがサリオン様に何かしたのかもしれません」
絞り出すように告げた私の声に、ミュラさんが複雑そうな表情を見せる。
「勿論、ロイドがサリオン様に勝てるとは思えません。けれど、ロイドは狡猾です」
そして私には、もうひとつ伝えなくてはいけないことがあった。
ロイドは、はっきりと言っていた。
サリオン様の処刑が決定したと。
私が口を開きかけたその時、王都の中心にある聖堂の鐘が激しく打ち鳴らされた。
王都全体へ届く、特殊な拡散魔術が施されている鐘。
それは数年に一度、緊急の伝達の際にしか響かない音色だ。
『速報、速報――全王都民に告ぐ』
『王都襲撃という罪まで重ねたサリオン・ノースフェル辺境伯の即時処刑を決定する』
『執行は明日の正午、王国王広場にて』




