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第94話 君の為に(★サリオン視点)

「やあ、随分と暴れてくれたようだな。ノースフェル辺境伯」


 怯えている兵士たちと対照的に、ロイドは余裕に満ちた笑みを浮かべていた。


 実際に戦えば、魔力制御の首輪があるとはいえ、僕はきっとこの男に勝つだろう。

 それを理解できないはずはないのに、奴は悠々とした態度を崩さない。

 そのことが酷く不気味に思えた。


「黙れ。約束を違えたな。カナリヤをどうした」


 僕は殺気立ったまま問いかける。

 返答次第では、今すぐにでも殺してやる。


 僕の鋭い眼差しを、ロイドは静かに目を細めながら受け止めた。


「はは、どうもしていないさ。彼女は幸せに過ごしているよ」


「嘘を言え。僕のかけた加護の魔法が発動した。カナリヤが危機に晒された証拠だ」


 ロイドは僕の言葉に一瞬眉を寄せたが、すぐに馬鹿にしたように笑った。


「ああ。そんなことか」


「そんなことだと!?」


「あれはカナリヤに危機があったんじゃない。彼女が指輪を外そうとしただけさ」


「……は?」


 思いがけない言葉に、僕の頭がサッと冷えていくのが分かった。

 カナリヤが、僕の結婚指輪を外そうとした……?


「そうだよ。彼女は聡明だからね。やっと気づいたらしい、真実の幸せに!」


 ロイドはそう言いながら、懐から二枚の証書を取り出して見せつけてきた。

 一枚は僕とカナリヤの婚姻無効書、もう一枚はロイドとカナリヤの婚約証明書だ。


「えっ、あ、……なに?」


 理解が追い付かず、意味のない言葉を発することしかできない。

 そんな僕をあざ笑うように、ロイドは続けた。


「カナリヤが俺との結婚に同意してくれたのさ。なのに、指輪を外そうとしたら貴方の魔法が発動してね。全く、迷惑な話だよ」


「待て、そんな。カナリヤが、そんなことをするはずが!」


 声を震わせる僕をしばらく見つめていたロイドが、ゆっくりと近づいてきた。

 彼は低い声で囁く。


「なあ、貴方は、本当に自分がカナリヤを幸せにできると思っていたのか?」


「……!」


「彼女は人間だよ。貴方とは、根本的に違う。それに……」


 ロイドは小さく溜息をついた。


「魔王の魂を持つ人間なんて、関わる人間を皆、不幸にするに決まっている」


 僕は何も言い返せずに、黙り込んでしまった。


 否定をしたい。

 カナリヤは、言ってくれたんだ。

 僕のおかげで、生きることを思い出すことが出来たのだと。


 でも、その結果、今起こっていることは何だ?

 彼女を傍で守ることもできず、彼女の笑顔を支えることもできない。


 返事のない僕へ、ロイドが畳みかける。


「それに……そもそも、カナリヤの不幸は、貴方のせいなのでは?」


「……どういう意味だ」


「貴方は10年前、北の地でカナリヤに会っていたのだろう」


「そうだ。それがどうした」


「わからないのか? その最中、カナリヤは火事に遭い母親を亡くした。全ての不幸の始まりだ!」


「そ、それは」


「火事は貴方のせいではないとしても、貴方と関わった運命が、カナリヤを不幸にしたとは思わなかったのか?」


「馬鹿なことを!」


「そう言い切れるか?」


「……っ」


「魔王の魂だぞ。どれほどの因縁を持っていることか。気軽に一人の人間が、関わっていいものじゃない」


「やめろ、僕にそんな力はない」


「だが、貴方は触れる者全てを殺してしまうじゃないか。そもそも誰とも関わるなと、運命に言われていたようなものだ!」


 ロイドのその言葉に、僕は呼吸を忘れる程に硬直した。


 彼の話す内容など、根拠のない戯言だと突き放したい。

 けれど、それができない。

 自分が普通でないことは、誰よりも自分がよくわかっている。


 運命なんて姿の見えないものが、誰かに不幸を齎していたとして、それを否定も、肯定もできない。


 そして、僅かでも可能性があるのであれば……。

 自分が関わることで、カナリヤが不幸になってしまう可能性があるのならば……。



 僕は動けない。



 僕は完全に殺気を消して、腕をだらりと下に垂らした。

 戦意を喪失した僕の様子に、ロイドは微笑む。


「懸命だ。懸命だよ、ノースフェル辺境伯」


 わざとらしく拍手しながら、彼は言葉を続ける。


「国家反逆罪が真実か否かなんて関係ない。貴方の存在自体が、罪なんだ」


 この男は最初から、僕の存在を消す為に動いていたのだ。

 そのことをはっきりと確信する。


 だが、それに立ち向かうことが、果たして正しいのだろうか。

 僕は分からなくなってしまった。


「貴方がカナリヤにとって唯一できることは、大人しく死ぬことだけだ」


 高笑いを残しながら、彼は部下たちに指示を出した後、牢屋を後にする。

 僕は膝をつき、その背を見送ることしかできなかった。


「安心しろ。貴方と違って、国の英雄の俺が、カナリヤを幸せにしてやるよ」

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