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第93話 行かなくては(★サリオン視点)

 王都へと移送されてから、僕は王城の地下にある牢に閉じ込められていた。


 それは、四方を古い石壁に囲まれた空間だった。

 中には床に固定された簡素な寝台と、小さな机、一脚の椅子が設置されている。

 唯一の扉は分厚い鉄製で、ずっと固く閉ざされている。


 壁の一面には、黒い石板の嵌めこまれた大きな窓があった。

 こちらからは向こうの様子は何も確認できない。

 ただ、常に外に人の気配は感じるので、おそらくあちらからは中の様子が見えている。

 一方通行の監視窓といった所だろう。


 食事は一日に二回、この窓から差し入れられる。

 その際にも、声がかけられることはない。


 魔物捕獲用という首輪は、僕の首にずっとはめられたままだ。

 どうやら500年前の技術を応用した物らしく、想像以上に頑丈で効果が強い。

 身動きが取れなくなるほどではないが、思い通りには魔術を扱えそうになかった。


 さらに僕を捕らえているこの空間へも、何重にも魔力制御の封印がかけられていた。

 常に体の重怠さを感じつつ、僕はひたすらにこの生活に耐え続けた。


(……カナリヤ)


 僕がこうして大人しくしているうちは、彼女の安全は保障されるはずだ。

 その間に、黒曜城の皆に冤罪の証拠をつかんでもらうしかない。


 ――何がいけなかったのだろう。


 時間ばかりが余り、つい考え事をしてしまう。


 カナリヤが黒曜城にやってきてからは、色々あったがとても楽しかった。

 彼女のおかげで僕の世界は広がり、明るくなり、鮮やかになった。

 人の手の温もりを知った。


 閉じた世界で同じことの繰り返しで終わると諦めていた人生が、輝きだしたんだ。

 それはきっと、黒曜城の皆だって同じだ。


 僕たちは、カナリヤに救われたのだ。


(だけど、彼女にとっては……)


 カナリヤは幸せだと言ってくれた。

 僕の隣が、黒曜城が彼女の居場所だと微笑んでくれた。

 それは間違いなく本心だと思う。

 

 けれど、また彼女を辛い目に合わせてしまった。


 何よりも、大切にしたいのに。

 どんな苦難からも、守ってあげたいと思うのに。


 世界を揺るがすほどの魔力があっても、出来ることなんて限られている。

 僕は愛する人に、穏やかに笑っていてもらうことさえできない。


 苦悶を抱えつつ、またひとつ、夜が通り過ぎて行った。


◇ ◇ ◇


 夕食を終えて、静かに一人で蹲っていた頃合いだっただろうか。

 そのときは突然、訪れた。


「……!」


 殆ど押さえつけられていたはずの僕の中の魔力が、猛るように体内で蠢きだした。


「なんだ……、まさか、これはッ」


 ハッとして息をのむ。

 自分の左手の薬指の指輪が共鳴するように揺らめいている。


 間違いない。

 普段と魔力の流れを変えられているから、反動が予想外だった。

 だが、明らかに結婚指輪にかけた加護の魔法が発動している。



 ――つまり、カナリヤに何かあったのだ。



 僕の異変に、牢の外の監視部屋が慌ただしくなる気配が伝わってくる。

 けれど、そんなことはどうでもいい。


 僕がこうして大人しく耐えていたのは、カナリヤの安全の為だ。

 それが破られた今、ここに居続ける理由はない。

 


 彼女を助けに行かなくては――!



 僕はゆっくりと立ち上がる。

 重い身体に力を込めて、魔力をかき集める。


 普段なら、ほぼ無意識に可能だった行動だ。

 負担だって感じたことは無かった。


 しかし今は封印に抗っているせいか、全身が軋んで押し潰されていくようだ。

 頭が割れる程に痛み、視界が霞む。

 バチバチと不協和音が周囲の空気を震わせ、石壁が小刻みに振動した。


 僕は窓のある壁へ視線を向けると、右手を翳した。


「爆ぜろ!!」


 その瞬間、大爆発が巻き起こり、牢の石壁はあっと言う間に瓦礫と化した。


「魔王が、魔王が暴れ始めたぞ!」

「来るなっ、来ないでくれ! 俺には家族があるんだ!!」

「応援を! 今すぐロイド様をお呼びしろ!!」


 砂煙の向こうでは、監視兵たちが大声を張り上げている。

 

 兵士のうちの、何人かは逃げ出した。

 何人かは腰を抜かして動けなくなった。

 そして、何人かは怯えながらもこちらへ剣を向けてきた。


「……カナリヤはどうしている?」


 僕はその中の一人を冷たく見つめつつ、問いかけた。


「か、カナリヤ様は、ロイド様に保護されている! 貴方も、知っているだろう!」


 彼の返答は、僕を満足させるものでは全くなかった。


「嘘だ。カナリヤに危機が迫っている。……行かなくては」


 僕だって理解している。

 この目の前の兵士は、おそらく忠実に任務をこなしているだけで罪はない。


 それでも、僕には守るべきものがある。


 壁を壊した最初の魔力の爆発で、部屋を取り巻くあらかたの封印は破壊した。

 だが、僕の首の魔力制御の首輪は、しぶとく嵌ったままだ。


 僕は自分の首元へ手を当てて、魔力を練り直した。

 再び全身が軋む。

 内臓が限界を迎えたのか、軽く咳き込めば血が溢れた。


 ――ピシリ。


 それでも魔力を込め続ければ、首輪についにヒビが入る音がした。


(もう少し……!)


 首輪さえ解除してしまえば、いつも通り魔術が使える。

 カナリヤの場所にだってすぐに辿り着ける。


 僕が完全に首輪を壊そうと試みたとき、静かな足音が近づいてきた。



「……! お前!!」



 衛兵たちが安堵の表情で、彼に場所を譲る。

 現れたのは全ての元凶であるあの男、ロイドだった。

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