第88話 ロイドという少年(★ロイド視点)
俺はフレアリス家の長男として生まれた。
フレアリス家は由緒ある名家で、かつて魔王から世界を救った勇者の血を引き継いでいる。
両親は厳格な人たちで、自分たちの家名に誇りを持っていた。
彼らは国の為に身を粉にして働くことが、己の使命と考えていた。
そのため、俺と一緒に過ごす時間が殆どない程に忙しかった。
だから俺は両親との関わりは希薄で、使用人に囲まれて成長していった。
「いいか。我がフレアリス家は特別な力を持っているのだ。それを正しく行使せねばならん」
「はい、父上」
俺は幼い頃から魔力量が多かったこともあり、大きな期待を受けて育った。
何人も家庭教師を付けられ、朝から晩まで勉強と鍛錬に励んだ。
もっと遊びたい気持ちもあったが、この生活自体は嫌いではなかった。
できることが増えていれば、月に1回ほど会える両親が褒めてくれたからだ。
――そんな暮らしが一変したのが、7歳の頃。
珍しく両親が、予定にない日に屋敷に帰宅した。
俺が不思議そうに首を傾げて出迎えると、父は嬉しそうに笑った。
「ヴァレンティーヌ家との会食の都合がついたのだよ」
「賢者の家系の伯爵家のことですね」
「うむ、よく勉強しているな。我らは古い血筋を守る名家同士、交流を深めようという話になったのだ」
「俺も出席するのですか?」
「勿論だ! ヴァレンティーヌ家のカナリヤ嬢も参加するはずだぞ」
「カナリヤ嬢?」
「ああ。お前より一つ年下だったか。同じ年頃の令嬢だ」
「俺、同じ年の子と話をしたことなんて、ないのですが。どうすれば……」
俺がそうして不安を口にすると、父は励ますように目を細めた。
「大丈夫、普段通りで良い。カナリヤ嬢は、とても明るく優しいご令嬢だと聞いている」
「は、はい」
「それに、こうして勇者の家系と聖者の家系に、年の近い子供が生まれたのだ。これは運命かもしれない」
「運命、ですか?」
「ああ。北の地に、魔王が復活したことはお前も学んだだろう?」
「ノースフェル辺境伯のことですね」
「そうだ。その魔王が再び世界を脅かすのならば、それを救うのはロイド、お前しかいない」
「お、俺が?」
「お前は英雄の血が流れている。そして、魔力量にも優れ、努力も欠かさない。自慢の息子だ」
「……! はいっ!」
「賢者の血を引くカナリヤ嬢とも、今から親交を深めていくと良い。もし二人が結ばれることがあれば、その絆こそ、国を守る絶対の力となるだろう」
誇らしげに語る父の言葉が、俺の心に深く刻みつけられた。
◇ ◇ ◇
こうして俺は、両家の食事会で初めてカナリヤと出会った。
最初は、賢者の家の令嬢ってどんな子なのだろうとドキドキしていた。
でも、彼女を見た途端、そんな不安は全部吹き飛んでしまった。
「ヴァレンティーヌ伯爵家の、カナリヤでございます」
6歳のカナリヤは可愛らしいカーテシーを披露した後、顔をあげて輝く笑顔を見せた。
美しく艶やかな黒髪を靡かせ、透き通るような赤い瞳はきらきらと煌めいている。
人形のように長い睫と白い頬を持ちながらも、親しみやすい朗らかさと愛らしさがあった。
(――可愛い!)
俺は一目で、恋に落ちてしまった。
何とか型通りの挨拶は自分もこなしたものの、それ以上、うまく喋れない。
けれどカナリヤは、そんな俺にも優しかった。
にこにこと、ゆっくり話を聞いてくれた。
俺が学んだ知識を話せば、無邪気に微笑みながら頷いてくれた。
彼女も、楽しそうに色んなことを教えてくれた。
俺がよく知らない、娯楽本や、外での遊びや、刺繍についてのことを。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
それでも、食事会の後も、俺とカナリヤは定期的に会うことを許された。
俺は勉強と鍛錬の合間に、彼女と接することが何よりの楽しみになっていた。
いつしか知識を身に付けるのも、強くなるのも、両親ではなくカナリヤに認められるために努力している自分がいた。
(俺は、カナリヤと結婚するんだ)
次第に、当然のように、俺はそう考えるようになっていった。
だって俺とカナリヤが結ばれるのは、どう考えても運命だ。
彼女だって、いつも俺のことを褒めてくれる。
(好きだ、とか、言った方が良いのかな)
俺は密かに頭を悩ませたが、そんなことを相談できる相手はいなかった。
でも、そんな悩みさえも楽しいものだった。
だって断られる可能性なんて、欠片も考えてはいなかったのだから。
そして俺が9歳の頃、大きな事件が起きることになる。




