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第87話 あの夜の犯人

 


 ――どうして。



 私は混乱で硬直して、ベッドから起き上がったまま動けなくなった。

 

 何度確認しても、見間違いなんかじゃない。

 床に転がる蝶の翅飾りは、私がかつて大事に身に付けていたものだ。


「ああ……、見られたか」


 気づけばロイドは床から身を起こし、低く笑っていた。

 特に焦った様子もなく、ゆっくりと蝶の飾りを拾い上げる。


「どういうこと、なの、ロイド……」


 掠れた声で訊ねる私に、ロイドは深紅の瞳を薄く細めた。


「はは、つまり、俺は君のことなら何でも知っているってことだよ」


「分からない……、分からないわ、何を言っているの!?」


「だから!!」


 ロイドが高笑いを響かせながら、蝶の飾りを指先で握りしめた。


「俺は"知っていた"よ、カナリヤ。君が死んだことも。今の君が蘇った存在であることも。全部!」


 彼の言葉に息が詰まった。

 今までそんなそぶりは見せていなかったのに、それすら全て演技だったのだろうか。



 私の脳裏に、一度目の人生で、路上で背中から刺された記憶が渦巻く。

 寒くて、孤独で、痛くて、惨めで、虚しくて。


 ――そして、何処かで聞き覚えのある気がした、遠ざかっていく足音。



「まさか……」


 頭の中で、霧がかっていた過去の謎が、残酷に明らかになっていく。



「私を殺したのは、貴方なの?」



 ロイドは口許に弧を描いたまま、窓の外の月を見上げた。


「あの日も綺麗な月が出ていたね、カナリヤ」


 彼は否定の言葉を口にしなかった。

 全身の身の毛がよだつ。


「どうして……、どうして、私、そんなに貴方に憎まれていたの?」


 何とか紡ぎ出した私の声は、泣き出しそうに震えていた。


 サリオン様を計略で貶め、危機に陥らせたことは許せない。

 それでも、ロイドは私の幼馴染のはずだった。

 昔は仲良くしていたし、成長してからも私を何度も助けてくれていた。


 だけど、彼が、他でもない彼が私を殺したのだ。


 私は、もう、ロイドの何もかもが信じられなくなった。

 彼が何を考えているのか、何を想っているのか、全く分からない。



「仕方がなかったんだ。だって、君が逃げるから」



 ロイドはくすくす笑いながら、懐かしい思い出話の一つでも物語るように呟く。

 

「何があっても、カナリヤは俺を頼らなくちゃいけなかったのに」


 ゆっくりとした足取りで、ロイドが再び近づいてくる。


「だけど、死体がなくなっていて驚いたよ。回収できたのは、この蝶の飾りだけ」


 彼はそのまま、蝶の飾りを懐へ仕舞い直した。


「どう考えても死ぬはずの傷だったのに、北の化け物と一緒にいると聞いてピンと来たんだ。あいつは死者蘇生なんて気味の悪い力があったってね」


「……っ!」


 逃げなくてはと思うのに、身体に上手く力が入らない。

 この男の傍には、一瞬たりとも居てはいけないと心が叫んでいるのに。


「あの化け物は気に入らないが、君を蘇らせてくれたことだけは感謝しても良いな。ああ、これも運命だよ。ずっと前からそう決まっていた!」


 陶酔したような表情のロイドは、すぐ傍まで迫って来ていた。

 彼は勝ち誇ったように宣言した。



「やっぱり、君は俺と結ばれる運命だったんだ!」

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