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第86話 最悪の贈り物

 私が父とロイドの密会を目撃したあの日以降、自由に動ける夜はやって来なかった。

 

 それからも当然のように侯爵夫人になるための教育は続いている。

 そして毎晩、ロイドは贈り物を携えて部屋を訪ねてきた。


 ――身動きの取れない自分がもどかしい。


 不安で窓から月を見上げていると、それに重なって小さな影が見えた。


「あれは!!」


 ゆらりふわりと、漂いながら飛んでくるのは見覚えのあるハンカチだった。

 私が黒曜城の皆さんに届いて欲しいと、魔法をかけて空へ飛ばしたもの。


 慌てて窓を開けると、ハンカチはゆっくりと舞い降りて私の掌へと収まった。

 その中には、彼らからのメッセージが記されていた。



『魔物の暴走は、ロイドとラルゴによる犯行です。

 瘴気を吸った魔石を利用されていました。

 ラルゴの自白は確認できましたが、

 ロイドが関与している証拠が得られていません。

 ランベルトの被害は最小限ですみました。

 どうかお気を付けて』



 読み終えて、息が詰まりそうになった。


 やはり今回の魔物の暴走事件は、ロイドと父が関与していたのだ。

 疑念は抱いていたものの、それが確信へと変わった衝撃は大きい。


 こんな状況になっても、それでも、ほんの僅かでもロイドの善性を信じたかった。

 サリオン様を逮捕したことも、せめて国を想っての行動だと願いたかった。


 けれど、これではっきりした。

 サリオン様に国家反逆罪の冤罪を着せ、逮捕した黒幕はロイドだ。

 全て、彼が仕組んだことだったのだ。



 ――コンコン。



 ノックの音に、私は肩を震わせた。

 慌ててハンカチを棚の中へ押し込むと、返事を待たずに扉が開かれる。


「やあ、カナリヤ!」


「……こんばんは、ロイド様」


 いつも通りの笑顔を作ろうとするが、上手く出来ている自信がない。

 心の準備も何もないまま、彼と相対することになってしまった。

 私の変化に、気づかれないだろうか。


 けれどロイドは随分と上機嫌で、私のぎこちない笑みも、震える声も、気にしていない様子だった。


 彼はずかずかと部屋の奥まで入ってくると、私の目の前で立ち止まって深紅の目を細めた。


「今日は、君に素晴らしい知らせをもってきたんだ」


「す、素晴らしい知らせ、ですか?」


「そうだよ」


 そう言いながら、ロイドは懐から二枚の証書を取り出した。

 


「俺と君の婚約が、やっと正式に認められたんだ!」



 それはサリオン様と私の婚姻無効裁定書と、ロイドと私の婚約証文書だった。


「ひっ!!」


 私はあまりの悍ましさに、思わず声を洩らして後ずさってしまった。

 みるみる自分の顔が青ざめていくのが分かる。


 けれどロイドはお構いなしに、私との距離を詰めてきた。


「これが今日の君への贈り物だよ。喜んでくれるかな?」


 彼は楽しそうに笑っている。

 私が当然喜ぶはずだと、信じて疑っていないようだ。


「そんな、いくらなんでも、おかしいです、こんな。婚姻無効だなんて!」


「おかしくないよ。君は監禁され、洗脳されていたんだ。当然、そんな野蛮な結婚は無効さ」


「私、そんなことされていない!」


 たまらず叫ぶと、今までにこにことしていたロイドの顔から、ふっと笑みが消えうせた。


「……駄目だな、最近は素直になってくれたと思っていたのに。まだそんなことを言うのかい?」


 目を見開きながら刺すような視線を向けてくるロイドに、私は固まる。


「君は俺の為に、毎日頑張ってくれていたじゃないか。この俺の為に!」


 自分と私に言い聞かせるように、ロイドは声を荒げる。


「俺と結婚したいからだろ? 俺に相応しくなりたかったんだろう!?」


 その剣幕に気圧されて、私は少しずつ距離をとるように後ろへ下がっていく。

 けれどその分、彼は前へと進んで来る。


「ちがっ……、違います。私、貴方と結婚なんて――」


 私の足がベッドの縁へ触れる。

 これ以上後退できず、追い詰められた私の両腕をきつくロイドが掴んだ。

 彼の手から離れた二枚の証書が、宙を舞う。

 

「違わない!!」


「きゃあ!?」


 そのまま、ベッドの上に縫いつけられるように押し倒された。

 覆いかぶさってくる彼に、全く身動きが取れない。


「俺は国の英雄なんだ。俺と結婚すれば、何でも思いのまま! あんな陰気な北の城に引き籠る必要だってない。それが君にとっても幸せなはずさ!」


「いやっ、やめて!!」


「駄目じゃない。もう、正式な婚約者なんだ。問題ないよ、ははは!」


 ロイドの手が乱暴に、私のドレスの首元を引き裂こうとした。



「いや――!!」



 その瞬間、私の薬指に嵌められた指輪が呼応するように眩く光った。

 光は温かく私を包み込み、覆いかぶさっていたロイドを弾き飛ばしてベッドの下へ叩きつけた。


「……! サリオン様」


 彼が結婚指輪にかけてくれていた、加護の魔法で守られたのだ。

 私が震えながら身を起こすと、床に倒れ伏すロイドの懐から何かが転がり落ちていた。


「えっ」


 その正体に気付いて、私の心は凍り付く。



 それは私が死んだ日に失くしたと思っていた、古びた蝶の翅飾りの片割れだった。

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