第83話 真実の行方(★ルージュ視点)
黒曜城の厨房へ戻ると、泣きはらした様子の私たちを見てババ様が慌てて鍋から飛び出してきた。
「どうしたんだい、お前達!!」
それから一人ずつ、ぎゅっと抱きしめてくれた。
ババ様は私たちにとって、お師匠様であり、母のような存在だ。
その温かな腕に元気をもらいつつ、私は街であった出来事を話した。
「なるほど。すまなかった、それは辛い思いをさせてしまったねぇ」
「大丈夫です。でも、ババ様……」
私は躊躇いがちに口を開く。
ロイドの言葉なんて、全て嘘吐きの出鱈目だ。
そう分かってはいるけれど、彼の演説で引っかかった部分があった。
「ロイドが言っていたです。500年前、魔物が世界の7割を滅ぼしたって」
私の言葉を聞いて、ババ様の表情がはっきりと曇った。
何かいけないことを言ってしまっただろうか。
不安になりつつも、私はそのまま続ける。
「……私の知っていることと違うです。ババ様は、人間が世界を滅ぼそうとしたって教えてくれたです」
声を震わせて俯く私の頭を、ババ様は優しく撫でてくれた。
「よく覚えていたね。お前は賢い子だよ」
それから、ブルーとジョーヌも呼び寄せて、私たち三人を傍に座らせた。
「そうだね。お前達にもそろそろ、しっかり話しておいた方が良いだろうね。500年前のことさ」
ババ様は静かな声で語り始めた。
「魔物と人間の戦争は壮絶なものだった。魔物も人間もたくさん死んだよ。でも、魔物の方が力が強かった。人間は負ける寸前まで、追い込まれたのさ」
私は息をのむ。私たちは戦争を知らない。
話に関しても、恐ろしい物だったとしか聞いていない。
それでも「たくさん死んだ」というババ様の簡素な言葉が、冷たい現実を現しているようだった。
「そこで、人間たちは愚かな切り札を使ってきた。それが"神核炉"さ」
「しんかくろ?」
「そう。あれは悍ましい兵器だった。どれほどの犠牲の上に生み出したものなのか、計り知れないがねぇ。起動された瞬間に、文字通り、世界が一変しちまった」
私とブルー、ジョーヌは無意識に身を寄せ合う。
黒い翼が微かに震える。
「世界の7割を滅ぼしたのは、他でもないその神核炉だ」
「そんな!」
「魔物も、街も、人も、多くが犠牲になった。文化も、技術も、全てを喰らい飲み込んでいった。……私がここから動けなくなったのも、その影響さ」
「えっ、ババ様が!?」
「ああ。神核炉を何とか食い止めようとしてね。だが、どうにもならなかった。本当なら死んでいてもおかしくなかったが、リュミエとヴァルクが命がけで助けてくれたんだよ」
「そんなことが……」
私は言葉を失っていた。
過去に世界を滅ぼしかけたのは神核炉で――それは人間が作ったものだという。
神核炉は、ババ様から自由を失わせた。
私がよく知る魔物の皆さんの命も、もしかしたら奪ってしまっていたかもしれない。
やっぱり、ロイドの言葉は全部、嘘だった。
世界を滅ぼそうとしたのは、魔物じゃなくて人間だったのだ!
「まあ、人間は私たちのように長く生きられない。500年前の戦争の顛末が、正しく伝わっていないのも無理もないことかもしれないさね」
「で、でも、全部魔物のせいにするなんて、あんまりです!」
憤る私の声に、ババ様は悲しげに苦笑した。
「そうだねぇ。だからお前達は、しっかり覚えていておくれ」
どこか諦めの混じるようなババ様の声に、私の怒りはしょぼくれていった。
それから感じたのは少しの虚しさと、小さな疑問。
「でも、そんな恐ろしい神核炉から、どうやって逃げ延びたのです?」
私の声に、ババ様が微かに目を伏せた。
「それは――」
「戻ったにゃあ!」
ババ様が何か言う前に、厨房の扉が賑やかに開く。
そして、ミュラさん、リュミエさん、ヴァルクさんが中に入ってきた。
「お、丁度、ルージュたちも帰って来ていたんだね。なら、全員集めて作戦会議にゃ」
「……そうだねぇ。よし、ノクスとグレースを呼んで来ておくれ。きっと地下室だ」
「はっ、はいです!」
私は話の続きを聞けないまま、慌てて地下室へと飛んで行った。
◇ ◇ ◇
「結論から言うと、やっぱり今回の魔物暴走は人為的なものの可能性が高いにゃ」
「これまで騒動がおこった現場を調べてきましたが、不自然な魔力の澱みを感じました」
「砕けた魔石の欠片らしきものも、各地に落ちていた。これだけでは証拠にはならんが」
全員が集まった厨房の机の上に、リュミエさんが地図を広げる。
地図中のこれまで事件が発生した場所には、日付の記載と共に印がつけられていた。
「それにロイドの活動記録と騒動の位置を照らし合わせると、どうしても彼個人の犯行とするには無理がありますね」
「協力者が沢山いるのではないか?」
ノクスさんの言葉に、ヴァルクさんが首を横に振る。
「いや、今回の事件、一人でも裏切り者が出れば致命的だ。ロイドが不用意に仲間を増やすことは考えにくい」
「ロイドと距離が近い貴族の動向を探ってみたけど、怪しい動きもなさそうだったにゃ」
「そもそも、遡れば魔物の暴走が始まったのが数か月前。こんなに長期間、尻尾を出さないとは」
「もう少し範囲を広げて、ロイド周辺の人物を調べ直すか?」
話し合いを聞きつつ、私も頭を悩ませる。
王都でも目ぼしい手掛かりは見つけられなかったし――と考えたところで、ふわりとハンカチが舞い上がった。
「あっ!!」
そして、今まで固く閉ざされていた面がひらりと開き、地図の上に被さった。
「え、これ、カナリヤの!?」
驚くミュラさんの声に、私が頷く。
「はいです。王都で見つけて、持って帰っていたのでした」
「にゃにゃ! なんて書いてある?」
全員が身を乗り出して、その綴られた内容に注目する。
『私は無事です。ロイドの屋敷に囚われています。
彼は私を侯爵夫人に据えようとしています。
そして、何か恐ろしい企みをしています。
私の父ラルゴ・ヴァレンティーヌと共に。
白風の月、十日、地方都市ランベルトにて。』
小さなハンカチの布地に、びっしりと文字が埋められていた。
きっと、カナリヤ様も自由に動ける立場ではない。
それでも何とか、こうして連絡を送ってきてくれたのだ。
「カナリヤ様の父親が、何故?」
「ヴァレンティーヌ伯爵と言えば、今は没落寸前との話は聞いたが」
「カナリヤ殿を侯爵家の嫁にするって、ふざけてるのかあの赤髪頭!」
「気持ちはわかるが落ち着くにゃ。十日って明日じゃないか。急いで向かうにゃ!」
慌てて出かける支度をする魔物さん達を見つめた後、私はババ様を振り返る。
「わ、私たちも行きます。良いでしょう、ババ様!?」
ババ様は少し悩んだようだったが、すぐに静かに微笑んでくれた。
「仕方がないねぇ。――しっかりおやりよ!」
「はいです!」
「任せてください!」
「お役に立つです!」
こうして城の防衛役の三人を残して、私たちは地方都市ランベルトへと向かったのだった。




