第82話 嘘吐きの演説(★ルージュ視点)
王都は広いので、私とブルー、ジョーヌは手分けして様子を見て回ることにした。
私は数日間かけて、怪しそうな人間の後を追いかけてみたり、闇市で魔石が出回っていないか調べてみたりしたが、手がかりは見つけられていない。
そして今日も、必死にカラスの姿で街の上を飛び回っていた。
空中から見下ろす王都は、人が多すぎてくらくらしてくる。
そんな中でも一層賑わっている場所を見つけて、私はその近くの物陰へと舞い降りた。
(何か役に立つ情報があるでしょうか)
それは街の中心部近くにある、石造りの広場のようだった。
周りを壁で囲まれていて、声がよく響くようになっている。
集った人々は歓声をあげながら、ある一点をじっと見つめている。
私は小さな体で人の隙間を潜り抜けて、皆が注目しているものの近くまでやってきた。
(――あ、あいつは!!)
その姿を見て、私の中に激しい怒りが一瞬で燃え上がった。
賑わう人々の中心にいるのは陛下を逮捕した男――ロイドというフレアリス家の侯爵だった。
彼は広場の中心に組まれた高台の上から、悠然と民衆を見下ろしている。
私は今すぐにでも突っついてやりたい気持ちを、必死に堪える。
――他の皆も、我慢して真相究明のために頑張っているんだ。
私だけが飛び出しちゃ駄目だ。
そのまま少し待っていると、大きな鐘の音が鳴り響いた。
それを合図にするように、辺りは一瞬で静寂に包まれる。
鐘の音が完全に聞こえなくなると、ロイドは一呼吸置いて口を開いた。
「諸君。私は今日、極めて重く、そして悲しい報告をしなければならない」
はっきりしたロイドの低い声が、広場へ響き渡る。
「これまで我が国を脅かしてきた、魔物の暴走。幾度も街が襲われ、人々が恐怖にさらされ、尊い命が失われてきた。諸君は、こう思っていたはずだ」
「なぜ、こんなことが起こるのか!」
「なぜ、魔物たちは突然、我々に牙を剥くのか!」
「その答えが、ついに明らかになった」
人々が、ロイドの次の言葉を熱望する眼差しを送っている。
それに応えるように、ロイドは高く腕を振り上げた。
「サリオン・ノースフェル辺境伯。この男こそが、魔物暴走事件の首謀者である!」
その言葉を聞いた瞬間、民衆は一斉に大声を張り上げる。
内容は陛下への聞くに堪えない罵倒と、ロイドを信奉する歓声が入り混じっている。
――私はあまりの混沌とした熱狂に恐ろしくなってしまい、身が竦んだ。
それでも、ロイドの演説は止まらない。
「長年、辺境を治める立場にありながら、彼はその立場を利用し、危険な魔力と瘴気を操っていた」
「魔物は脅威だ。魔物を率いる王は、500年前に世界の7割を滅ぼした!」
「そんな魔物を暴走させ、瘴気を拡散させ、混乱と恐怖を広げることで、王国の秩序を内側から崩そうとしていたのだ」
違う、と叫びたかった。
でも息が詰まって声が出せない。
そもそも私が声をあげたところで、この大きな歓声にかき消されてしまう。
ロイドはわざとらしく沈痛な面持ちを作り、言葉を続ける。
「――信じられない? そうだろう。私も、信じたくはなかった」
「彼は辺境伯として、人々の前では忠誠を誓い、善き領主であるかのように振る舞っていた。だが、仮面の下では、王国を裏切る企てを進めていたのだ」
「諸君。私は問いたい」
「このような裏切りを、許してよいのか?」
「無辜の民を危険にさらし、街を脅かし、恐怖をばらまいた者を、見逃してよいのか?」
ロイドの問いかけに、人々が応じて怒りの声が木霊する。
その熱が頂点に達したとき、ロイド自身もまた、断定した。
「答えは、否だ!!」
民衆が沸き立つ。
誰もロイドの言葉に、ひとかけらの疑念も抱いていない。
彼を肯定し、褒め称え、賛同している。
「王国は、この裏切りを決して看過しない。法と正義の名のもと、サリオン・ノースフェルは国家反逆の罪により拘束された」
「諸君。恐れる必要はない」
「私はフレアリス家の名にかけて誓う。この国の安全は、必ず守り抜く。魔物の脅威も、瘴気の災厄も、必ず終わらせる」
中には、ロイドへ向かって手を組み、祈りを捧げ始めるものまでいた。
彼らにとって、ロイドは正しく英雄であり、救世主なのかもしれない。
「裏切り者に屈することなく、共に立ち上がろう!」
「王国のために。そして、未来のために!!」
大歓声の中、ロイドの演説は締めくくられた。
人々の叫びはいつまでたっても止む様子がなかった。
――私の胸に渦巻くのは、怒りよりも恐怖よりも、悲しみだった。
大好きな、あんなに優しい陛下が、酷いことを言われている。
民衆は、誰も真実を知ってくれない。
ロイドの嘘を信じ込んで、陛下へ罵声を投げかけている。
「うっ、うぅ……」
私はふらふらと街の裏路地へ逃げ込み、堪え切れずに嗚咽を零した。
立ち止まっている場合ではないのに、あまりのショックで動くことができない。
どれくらいそうしていただろう。
私の頭上から、心配そうな声が響いた。
「ルージュ?」
「大丈夫です?」
気づけば、ブルーとジョーヌがやってきてくれていた。
二人は私の様子に狼狽えつつも、優しく背中を撫でてくれた。
「ごめんなさい。大丈夫、大丈夫……です」
「大丈夫に見えないです」
「いいから、よく休むです」
「うう、う、陛下が、陛下が……!」
優しい言葉に押し込めていた感情が決壊して、私は声をあげた。
私は何があったのかをブルーとジョーヌに話した。
二人も私と同じように憤り、悲しみ、全員で寄り添い合って少し泣いた。
気分が落ち着いた頃には、既に日が沈みかけていた。
「そういえば、ブルーとジョーヌは収穫はあったですか?」
「私たちも悪事の証拠は何も。それに王都の人間は、誰もが陛下を罪人だと思っているみたいで」
「だけど、私はこの子を見つけたのです」
そう言いながらブルーが取り出したのは、一枚のハンカチだった。
その片隅には綺麗な刺繍が施されている。
「これはカナリヤ様の!?」
「はいです。きっと、カナリヤ様からのメッセージです。黒曜城の方向へ向かっていこうとしていましたが、私に気付くと手元に飛んで来てくれたです」
「中に何か書いてありそうですが、開いてくれないのです。多分、黒曜城に戻らないと、開けてくれないのです」
ハンカチは肯定するように、ひらひらと布端を持ち上げた。
きっと、秘密厳守の為なのだろう。
「それでは、急いで戻りましょう」
「はいです」
「行くです」
私たちはハンカチを大事に抱えて、黒曜城へと急ぐのだった。




