第81話 黒曜城の奔走(★ルージュ視点)
陛下が逮捕され、カナリヤ様が保護という名目で連れ去られてから、私たち黒曜城一同は全力で魔物暴走事件の調査を進めていた。
お二人が無実であることは、共に暮らしている私たちが何よりよく分かっていた。
それから念の為、黒曜城に在籍する全員に対して今回の件に心当たりがないか確認が行われた。
特にヴァルクさんは前科があるので、ババ様が厳しく問いかけていた。
けれど当然、誰も魔物の暴走について関与はしていなかった。
「そもそも、魔物が暴走っていうのもおかしな話にゃあ」
厨房に全員が集まる中、ミュラさんが険しい表情で呟く。
「そうなのですか?」
「人間は、強い力を持つ魔物を怖れている。だけどボクらの栄養源は瘴気であって、動物を襲って喰らう訳でもない」
低く唸りながら、ミュラさんが続ける。
「だから、人間を襲う意味がないのにゃ」
「た、確かに。でも、物語の中では、よく魔物が人間を襲っているですね」
「それは、500年前の戦争の影響もあるだろう」
ヴァルクさんは腕を組み、憮然とした表情をしていた。
「あの頃は魔王様の仰せつけのため、魔物全体が人間と敵対していた。それに今でも魔王様の意志で、低級の魔物に人間を襲わせることは可能だろう。しかし」
「陛下はそんなことする御方じゃないです!」
私が声をあげると、ヴァルクさんは「その通りだ」というように頷く。
それからしばらく沈黙が続いたが、リュミエさんが口を開いた。
「もうひとつ、可能性がありますよ」
「えっ?」
全員が、リュミエさんの方へ注目する。
「瘴気酔い――濃すぎる瘴気による、魔物の暴走です」
その単語を初めて聞いた私は、目を瞬かせた。
「瘴気酔い、ですか?」
「ええ。ルージュたちには馴染みがないかもしれませんね。最近では、そんなに濃い瘴気が自然発生することも稀でしたし」
私とブルー、ジョーヌ以外の他の皆は、リュミエさんの言葉である程度事態を察した様子だった。
不思議そうにしている私たちへ、リュミエさんが説明を続けてくれる。
「低級の魔物は濃すぎる瘴気に触れると我を失い、暴走してしまうことがあるのです」
「そんなことが!?」
「貴女達も城の周りの瘴気の森で、少し気分がふわふわしたことはあるでしょう?」
「確かにあるです!」
「ちょっとですけど!」
「ふわふわでした!」
「貴女たちは低級魔物より耐性がありますし、城の周りの瘴気は濃いとはいえある程度調整されています。それがずっと重くなった症状が、瘴気酔いです」
「ですが、リュミエ殿。瘴気酔いなんて、そうそう起こるものではない」
ノクスさんが困惑したように呟くと、それに被せるようにババ様の声が響く。
「方法はあるよ」
「あるですか!?」
「魔石さ」
ババ様の言葉に、ノクスさんがはっとしたように息をのんだ。
「魔石は瘴気を吸うと黒く染まる。本来ならば人間は、それを然るべき手段で保管か浄化するもんだが」
私もそのことは知っている。
陛下がいつも、西塔でおこなっているお仕事だ。
危ないからという理由で、あまり近づかせては貰えないけれど。
「黒く染まった魔石を割れば、瘴気が溢れる。幾つも使えば、瘴気酔いだって起こせる濃度になるだろう」
「それを回避するために、普段から陛下がお仕事をされておりますね」
グレースさんの言葉に、ババ様が頷いた。
「そうさ。黒い魔石は扱いを間違えれば、瘴気をまき散らしながら爆発を起こすことだってある。人間への被害は甚大だろう」
「――罪状は、魔物の暴走に、魔力の爆発、そして瘴気の森の拡大、だったか?」
「瘴気の森の拡大は、瘴気濃度が高まったことで説明がつくわね」
ヴァルクさんとリュミエさんが、互いに顔を見合わせる。
確信を増すごとに、二人の瞳が怒りの色に染まっていく。
「嵌められたのか、あの若造に!」
「その可能性が高そうね」
「許容できるかこんなこと! 今すぐにでも、陛下とカナリヤ様を取り戻しに!」
「お待ち!!」
今にも飛び出しそうな勢いのヴァルクさんへ、ババ様が声を荒げた。
「気持ちはよくわかる。今回に関しては、私も同じ想いさ。だが、今はまだ全て推測にすぎない」
「しかし、こうしている間にも、陛下が!」
「落ち着くにゃあ! 陛下はちょっとやそっとで、やられる御方じゃない」
「分かっている。分かっているが……!」
「まずは証拠集めだ。ミュラ、動けるね?」
「勿論にゃ」
「私とヴァルクも手伝いましょう。いいわね、ヴァルク」
「……分かった」
「私とノクスとグレースは、城を守りながら集まった情報をまとめるよ。時間との勝負だ」
他の皆さんが着々と役割分担する中、私たちカラスも飛び上がる。
「では、私とブルー、ジョーヌもミュラさんのお手伝いを――」
そんな姿を見て、ババ様がニヤリと笑う。
「いいや。お前達には、王都の様子を見守って貰うよ」
「王都の様子ですか?」
「そうさ。陛下とカナリヤの囚われているすぐ近くで、異変があったら知らせる役目だ。出来るかい?」
私たちは顔を見合わせてから、声を合わせた。
「「「はいです!」」」
こうして私は王都へと向かって、その様子を探ることになったのだ。




