第76話 煌びやかな保護生活
私は保護対象という名目で、王都に連行されてしまった。
通例であれば、このまま王国警備隊の施設に身柄を預けられるはずだ。
しかし私がロイド様に連れてこられたのは、彼の邸宅――王都の一等地にある、フレアリス侯爵家の屋敷だった。
「どういうことですか、ロイド様?」
「配慮したと言っただろう、カナリヤ。安心して。君を簡易牢になんて入れはしないさ」
屋敷の立派な門の前で、ロイド様は柔らかく微笑む。
困惑する私をおいて、彼は堂々と敷地の中へと入っていった。
「今戻ったぞ」
「「「お帰りなさいませ、ご当主様、カナリヤ様」」」
ロイド様が扉を開けると、広い玄関ホールにはずらりと従者の人たちが整列していた。
恭しく頭を下げられて、私はますます混乱する。
「えっ、あの、私は、一体――」
「すまない、俺はこれから仕事に戻らなくては。後のことは従者に任せてあるから」
残念そうにそう言いながら、ロイド様はそのまま再び出かけていく。
唖然として固まっている私に、50代くらいの貫禄あるメイド姿の女性が声をかけてきた。
「カナリヤ様、メイド長のジゼルでございます。お部屋のご準備が出来ていますので、どうぞこちらに」
「部屋の準備ですか? あ、待ってください」
私の返事も聞かずに歩き出すジゼルさんに、私は慌ててついていくしかなかった。
◇ ◇ ◇
「……これは何かの間違いではないですか?」
案内された部屋を前に、私はそう問いかけることしかできなかった。
「いいえ。こちらがカナリヤ様の為にご用意させて頂いたお部屋で、間違いございません」
姿勢よく立ち控えるジゼルさんが、凛とした様子で返答する。
その広さは、一般的な個人部屋の数倍はあった。
床には真新しい絨毯が敷かれ、家具も全て高級そうな品で揃えられている。
私は戸惑いながらも、一歩足を踏み入れてみる。
まず目に留まったのは、白い鏡台の隣だ。
綺麗に包装された大きな箱が、山のように積まれている。
また、最奥にあるベッドの上には、煌びやかな深紅のドレスが目立つように置かれていた。
「全て、ご当主様からカナリヤ様への贈り物です」
「どういうことですか? 私、贈り物を頂くような立場ではありません」
「まずは、お召し物を変えられてください」
「結構です。私、今着ているもので十分ですので」
「カナリヤ様は、ご当主様の保護下にあります。こちらの指示には従って頂きます」
「ですが!」
「従って頂けない場合、国へその旨を報告することになります。その場合、"相応の処分"が下る場合があるでしょう。その対象が、カナリヤ様であるとは限りませんが」
「……っ!」
ジゼルさんの淡々とした言葉に、私は凍り付いた。
――私がこの屋敷で指示に従わない場合、サリオン様へ不利益が生じかねない。
彼女が言いたいのは、おそらくそういうことだ。
「分かりました。言われたことに、従います……」
私は躊躇いつつも、今の自分の扱いを受け入れた。
ただでさえ不利な状況にあるサリオン様に、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。
今日纏っていた衣装は、来客を迎える為にサリオン様が選んでくれたものだ。
だからずっと身に着けていたかったが、私は意を決して深紅のドレスに着替える。
元から身に着けていたアクセサリーも殆ど没収され、新しいものへ交換された。
ただ、懇願した結果、結婚指輪だけはそのままで許された。
「よくお似合いです。それでは数日間は予定がありませんので、ゆっくり御静養ください」
深紅のドレス姿の私を見つめて、ジゼルさんは満足そうに頷いた。
私は困ったように口を開く。
「静養なんて、そんな。何かサリオン様の為に、出来ることはありませんか?」
私の問いかけに、ジゼルさんは驚いたように片眉をあげた。
そしてその言葉に答えることなく、別の話題を口にした。
「3日後には、御当主様と舞台の観劇の予定があります。本をお持ちしますので、予習をされるのも良いでしょう」
「はっ? え、観劇?」
「その後は、家庭教師を付けますので、様々な教養を学んで頂きます。トルマニア王国の歴史、当フレアリス家の代々の活躍、また社交の作法や、現在の有力な貴族家の生業についてなど――」
「何を言っているのですか、ジゼルさん? 誰かと私を、勘違いなさっているのでは」
困惑に声を震わせる私へ、ジゼルさんはきっぱりと告げた。
「いいえ、カナリヤ様。これは御当主様からの指示でございます」
有無を言わさぬ程の力強い言葉に、私は何も返すことが出来なかった。
「それではお寛ぎください。15時にお茶と軽食をお持ちしますので、お部屋からは決して出られませんように」
「は、はい……」
力なく返事した私を確認すると、ジゼルさんは満足げに深く頭を下げ、私の部屋を後にした。




