第75話 囚われた王(後)
逮捕に応じるとサリオン様が宣言したことで、私は世界が崩れ落ちていく感覚に襲われた。
「サリオン様、いけませんっ!」
「陛下!」
私や魔物さん達が一斉に声をあげるが、サリオン様は覚悟を決めたのか落ち着き払った様子だった。
「良い。大丈夫だ。拘束を受けたところで、どうせ僕にかなう人間など存在しない。一時的に身動きが取れなくなっても、復帰する手段は幾らでもある」
「……今の言葉は、聞かなかったことにするよ」
逃亡宣言ともとれる言葉を受け流して、ロイド様は従者に指示を与え始めた。
逮捕と移送の準備を始めたのだ。
その間に、サリオン様は魔物さん達へ言葉を残す。
「ヴァルク、リュミエ。黒曜城を総動員して、今回の騒動とやらの真相を調べろ。冤罪がはれれば僕は釈放されると、候は明言してくれているからな」
「ぐうっ」
「……分かりました」
そんな中、私は一人、どうしても納得が出来ない。
まるで子供のようだと情けなく思うが、それでも、この展開を受け入れることはできなかった。
「サリオン様、だめ、だめです。……だめです、こんなの」
「カナリヤ、すまない。君を傷つけたくないのに、辛い目にばかりあわせてしまうな」
「そ、そんなことないです。でも、ですが……!」
「大丈夫、僕らは無罪だ。必ず元の生活に戻れる。僕はカナリヤの為なら、なんでもできる。これくらい、どうってことない」
「……っ!」
微笑むサリオン様を見て、確信した。
この人は、絶対に意見を変える気がない。
私は無力感に苛まれ、膝をつく。
そんな私を、彼は困ったように悲し気に見つめていた。
逮捕の準備が整ったのか、ロイド様がサリオン様へ近づいてくる。
サリオン様は、ロイド様へ鋭い視線を向けた。
「おい、言うまでもないが……。僕の妻や黒曜城の家族に少しでも乱暴を働いてみろ。僕は檻でも何でもぶっ壊して、世界を滅ぼしてやるからな」
「勿論だ。約束は守るよ」
軽い調子でそう告げると、ロイド様はサリオン様の前へ大きな箱を置いた。
中には複雑な呪文が刻まれている首輪が入っている。
「これは魔物捕獲用の、魔力制御の首輪だ。貴方用に特別に改造してある。まあ、こんなもので北の魔王を抑え込めるとは思っていないが、ないよりはましだろう」
サリオン様が訝し気に首輪を手に取る。
「悪いが、我々は貴方に触れることができないのでな。自分でつけて貰えるか?」
ロイド様の振る舞いに、「このッ……!!」と怒気を含んだヴァルクさんの声がもれる。
そこに「ヴァルク、押さえて」と震える声で窘めるリュミエさんの言葉が続いた。
「――良いだろう。王国は罪人に、自分で首輪もかけられないらしいからな」
サリオン様の気丈な声が響く。
そして彼は、自らの首に冷たい首輪を嵌めるのだった。
◇ ◇ ◇
サリオン様は、首輪に繋がった鎖に引かれるようにして大広間を後にした。
とはいえ、しっかりと自らの足で歩き、最後まで威厳を損なわない堂々とした態度だった。
その姿を見送った私は、魂が抜けたように呆然となっていた。
無意識に彼がくれた贈り物、左手の薬指に光る指輪を握り締める。
「さあ、次は君の番だよ、カナリヤ」
そんな私に、ロイド様がゆっくりと歩み寄ってきた。
私はようやく我に返って、顔をあげる。
「あっ、あ……」
サリオン様が連れていかれてしまった衝撃は深すぎて、上手く声も紡げない。
混乱した様子の私を庇うように、魔物の皆さんがロイド様へ立ちはだかってくれた。
「カナリヤに近づくにゃ!」
「あなた、嫌いです!」
「意地悪!」
「弱虫!」
殺気立つ魔物さんたちへ、ロイドさんは苛ついたような表情を覗かせた。
「――話を聞いていなかったのか、お前達は。カナリヤも保護対象だと言っただろう」
「保護というのなら、黒曜城で責任を持って保護いたします」
「とっとと帰れ、疫病神」
リュミエさんとヴァルクさんも睨みをきかせるが、ロイド様は折れることは無かった。
「いきなりの契約違反か? 主人の覚悟を無駄にするのか、ここの家臣は」
「ヴァルク殿、やはりこいつ、ここで殺しませんか? その方は世界が綺麗になる」
「同感だ」
その場はあっという間に、一触即発の空気になる。
私は力の入らない喉を何とか奮い立たせて、ようやく声をあげた。
「だ、駄目です、皆さん!」
叫んだ私に、魔物さん達が一斉に振り返る。
「私だって、納得できません。でも、サリオン様は、戦争を望まれなかったのです」
私は必死に立ち上がって、ロイド様の元へ歩いて行く。
「カナリヤ!」
「カナリヤ様っ!」
心配の声をあげてくれるミュラさんやルージュさん達へ、私は微笑んで見せた。
泣きたくなる気持ちを、一生懸命押しとどめながら。
「サリオン様の冤罪を晴らせるのは、皆さんしかいません。お願いします、どうか」
「君は昔から、聡明で助かるよ。さあ、いこう」
私は魔物さん達に何度も何度も頭を下げて、ロイド様と共に大広間を後にする。
黒曜城を出たところで、特殊ポータルを使用して王都へと帰還することになった。
サリオン様に会うことができるかと期待したが、移送の過程でも、彼の姿を見かけることは無かった。
こうしてサリオン様は囚われ、私は黒曜城から連れ出されてしまったのだ。




