第74話 囚われた王(前)
冷静に話を聞いていたサリオン様だったが、あまりに理不尽な言い分に深い溜息をついた。
「成程。話にならないな。つまり、王国は――」
静かながらも冷たい怒りに満ちた声と共に、サリオン様から黒い魔力が立ち上る。
室内の空気が一気に張りつめて、風も無いのに大窓が小刻みに揺れている。
「王国は、僕との戦争を望んでいると解釈して良いか?」
そのオーラだけで圧倒されて、ロイド様の従者たちは悲鳴をあげてしゃがみこんだ。
サリオン様の様子を見てロイド様も少しだけ狼狽えたようだが、それでも逃げることはなかった。
「まあ、待て、ノースフェル辺境伯。俺だって、この逮捕は本意ではない。国の指示で来ているんだ」
「国に従っている以上、この行動は君の意思とみなされるだろう」
鋭い言葉を投げつけつつ、サリオン様はロイド様へ一歩近づく。
その迫力に気圧されてロイドさまは一歩後ずさるが、なおも弁解を続けた。
「王国は今回の事件を貴方の罪だと決めつけていた。それを覆すことは正直、困難だ。だが、俺にはどうしてもそうは思えない」
ロイド様はやや早口でそう説明した。
自分が味方なのだと言い聞かせるように、国の判断を疑っているとすら口にする。
「だから少しでも配慮できるように、国に掛け合って、この逮捕という役目を請け負わせて貰ったんだ」
「……どういうことだ」
言い分を聞く気になったのか、サリオン様が足を止めた。
ロイド様は少し安堵したように息を吐くと、ちらりと私の方へ視線を向けた。
「今回の容疑は、本来であればノースフェル家全体にかけられたものだった。つまり、貴方だけでなく、ノースフェル辺境伯夫人であるカナリヤも逮捕の対象だったのだ」
「なっ!!」
サリオン様が絶句する。
私も予想外の言葉に、頭が真っ白になった。
混乱する私たちの理解を待つことなく、ロイド様が話を続ける。
「それを俺は国と交渉した。ノースフェル辺境伯が一切抵抗せず、大人しく同行するのであれば、夫人であるカナリヤはあくまで"保護対象"という扱いとすると」
あくまで譲歩し融通を聞かせた、という口ぶりのロイド様へ、サリオン様が叫ぶ。
「馬鹿な! そもそも、何故カナリヤが逮捕の対象になる」
「結婚を発表しただろう。縁を結ぶとは、そういうことだ」
「だが……! くっ」
淡々と答えるロイド様に、サリオン様が顔を顰めて押し黙った。
そもそも、逮捕自体が無理やりな理屈なのだ。
ここでどれだけ言葉を重ねても、きっと無意味であると理解してしまったのだろう。
「つまり、貴方の逮捕のみに留めていること自体が、俺からの誠意ということだよ。理解して貰えたかな、ノースフェル辺境伯」
「……」
ここまで落ち着いていたサリオン様の表情が、焦燥に揺れている。
彼が取り乱し始めたのは、私の名前が出てからだ。
私が彼の判断の足を引っ張ってしまっている。
――どうしよう。どうすれば。
「貴方さえ大人しく捕まってくれれば、カナリヤの名誉は守られる」
「いけません、サリオン様! 私はどうなろうと、平気です。貴方と一緒なら」
私は耐えきれずに声をあげた。勿論、逮捕なんて望んでいない。
この先のことを思うと、とても恐ろしい。
それでも愛する人が、自分のせいで身動きが取れなくなるのはもっと恐ろしかった。
「"二度も"カナリヤに冤罪を背負わせる気か?」
「やめてください、ロイド様、そんな言い方は!」
私の過去を持ち出してまで説得してくるロイド様を、睨みつける。
彼は善意で、私たちを助けようとしてくれている可能性もある。
それでもサリオン様の善意に付け込むような言い方は、どうしても許せなかった。
私の態度に、ロイド様は一瞬、驚いたような表情を見せた。
けれどすぐに咳払いをして、別の希望も提示した。
「それに、これはあくまで調査目的の逮捕だ。無実だと証明されれば、辺境伯も釈放される」
しばらくの沈黙が、この場を支配した。
私は必死で考えを巡らせるものの、どうすれば良いのか分からない。
沈黙を破ったのは、サリオン様の低い声だった。
「――ここで、逮捕を拒んだ場合は」
問いかけるような言葉に、ロイド様が穏やかに答える。
「貴方とカナリヤ、そしてノースフェル家は大罪人として、世界の敵となるだろう。貴方が先ほど言った通り、戦争が始まる」
「人間が僕たちに勝てると思っているのか?」
「それは分からない。だが」
ロイド様は、微かに口許に笑みを浮かべていた。
まるで、この先の答えを知っているかのような口ぶりだった。
「もし貴方が勝利したとして、その後の世界でカナリヤは幸せに暮らせるのか?」
「……」
「多くの人を犠牲にしたうえでの幸福を、彼女が望むとでも?」
「……卑怯な男だ。カナリヤの人生は、君の交渉道具ではないぞ」
サリオン様は床を見つめながら、長く思案を重ねていた。
もしかしたら、今まで私と過ごした時間を、思い出していたのかもしれない。
私は胸が苦しくなった。
あの日、私の為に世界を滅ぼそうと宣言した彼のままなら、ここで頷くことなんてなかった筈なのに。
そして遂に、結論が下される。
「分かった。逮捕に応じる」
真っ直ぐにそう告げたサリオン様の声は、大広間によく響いた。




