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第73話 客人の本題

 私たちはロイド様の一行を、歓迎の準備を整えた大広間でお迎えすることになる。


 魔物さん達は人間形態になり、正装で壁沿いに控えている。


 私とサリオン様は、城の当主とその夫人として、扉の傍で待機していた。

 サリオン様は礼服を纏い、私も紫色の上品なドレスに身を包んでいる。

 

「いよいよですね、サリオン様」


 久しぶりのロイド様との邂逅ということもあり、私は緊張でそわそわしてしまう。

 そんな気持ちを何とか和らげようと、小声でサリオン様に話しかけた。


「ああ。カナリヤは本当に準備を頑張ってくれたからな」


 サリオン様は特に気負った様子はなく、いつも通りの朗らかな笑みを浮かべている。

 そんな彼の姿に、少しだけ私の気分も安らいだ。


「折角の、初めてのお客様ですから。それに――」


 私は客人を迎えるための準備に奔走した日々を思い返す。

 歓迎の料理から、彼らの部屋の準備まで。

 心を尽くしたのはおもてなししたい心からだったが、それだけではない。


「私が黒曜城で幸せに暮らしていて、ここが素晴らしい場所だと、ロイド様に知って欲しいんです。そうすれば、きっと魔物さん達への誤解も解けると思うので」


 私が静かに微笑むと、サリオン様は数度瞬いてから笑みを深めた。


「ありがとう。流石、僕のお嫁さんだ」


「はいっ!」


「それに、今日のドレスもとてもよく似合っている。本当は誰にも見せたくないくらい可愛い……」


 サリオン様の言葉が止まらなくなりかけたところで、後ろに控えていたリュミエさんから声が響く。


「陛下っ、そろそろ客人が到着されますよ!」


「おっと、そうだった。いけないいけない。可愛いカナリヤ、続きはまた後で」


「……ふふ、はい。おもてなし、頑張りましょうね」



 それから数分後、ゆっくりと大広間の扉が開かれた。


 案内役の死体人形に先導されて姿を現したのは、貴族の礼装を整えたロイド様と、その後ろに続く6名ほどの従者らしき人たちだった。


 ロイド様の燃えるような赤い髪が、彼が歩くたびに靡く。

 彼らは大広間の中へと入ると、私とサリオン様の前へ綺麗に整列した。


「ノースフェル領辺境伯、サリオン・ノースフェル殿。本日は突然の訪問をお許しいただき、感謝する」


 最初に口を開いたのはロイド様だった。

 堂々とした挨拶の口上は、上位貴族としての威厳を十分に感じさせるものだ。


 サリオン様は一歩前に出て、それに朗らかに応じた。


「遠路ご苦労だった。歓迎しよう、フレアリス侯爵ロイド。黒曜城へようこそ」


 私もその場で、彼らへ言葉を告げる。


「黒曜城女主人、カナリヤと申します。本日はようこそお越しくださいました」


 ロイド様は私の姿を見て、にこりと微笑んだ。

 挨拶も一通り終えたところで、サリオン様が念を押すように付け足した。


「僕の"体質"についてはよく知っているな? 従者共々、重々気を付けられよ」


 サリオン様の"体質"とは、生者に触れると命を奪ってしまう力のことだ。

 従者たちは一瞬、息をのんだようだったが、ロイド様はその言葉にも全く気にする素振りは無かった。

 

「さあ、こちらへ。歓迎の準備が出来ている」


 サリオン様は快活な声を響かせて身をひるがえし、大広間の奥へ客人を案内しようとする。

 しかし、ロイド様はその場から動こうとしなかった。


「……?」


 サリオン様が、訝し気に振り返る。

 ロイド様はそんな彼の様子にも、にこやかな笑みを崩さなかった。


「いや、失礼。歓迎はありがたいのだが、本日は遠慮させて頂く」


「どういうことだ?」


 明らかな異変を察して、サリオン様の声が低くなる。

 

「実は今日は、別に本題があるのでな」


 そう言いながら、ロイド様が懐へと手を入れた。

 大広間内の緊張が一気に高まる。


 脇に控えている魔物さん達も、いつでも飛び出せるように気を張りつめたのが分かった。

 

 武器でも飛び出すのかと一同が警戒していたが、ロイド様が取り出したのは丸まった書状だった。

 彼は堂々と、その書状を引き延ばして読み上げる。



「ノースフェル辺境伯サリオン・ノースフェル。貴方を王国法に基づき、逮捕する」



 その瞬間、大広間内の空気は完全に凍り付いた。

 信じられない宣言に、誰も動けず、言葉を発することもできなかった。


 ただ、ロイド様の持つ書状には王家の紋章が記してあり、それが嘘偽りなく本物の逮捕状であることを示していた。



「……逮捕とは、何のつもりだ。僕にやましいことはない。あの聖域の遺跡の件が問題だったとでも言いたいのか?」


 サリオン様は激昂することも無く、ただロイド様を真っ直ぐに見据えて冷ややかに告げた。


「いや、あれは関係ない。貴方にかけられた容疑は、国家反逆罪だ」 


「ふむ? まあ良い、話は聞こう。ヴァルク、ノクス、座っていろ」


 身に覚えのない罪で主人が逮捕宣言されたことに、魔物さん達は困惑していた。

 中でもヴァルクさんとノクスさんは怒りが抑えきれなかったらしく、今にもロイド様一行に飛び掛かろうとしている。


 そのことを振り返りもせずに察したサリオン様が、静かにくぎを刺した。


「しかし陛下ァ!!」


「ここで暴れれば、本当に国家反逆罪だ。王都の思うつぼだぞ。……僕は大丈夫だ」


「ぐっ」

「……御意」


 苦し気に応えて拳を収める二人に、他の魔物さん達が寄り添っている。

 目まぐるしく進んでいく事態に、私の心は全く追いついて行かなかった。


「サリオン様……」


 何より、冤罪を掛けられているというこの状況が、私の胸を苦しくする。

 もう恐怖は乗り越えたと思ったのに、死の直前の出来事が脳裏によみがえる。


 一番窮地に立たされているのはサリオン様だ。

 今こそ、私が支えなくてはいけないのに。

 足が震えて、息が詰まって、絞り出すような声をあげることしかできない。


「カナリヤ、大丈夫だよ」


 そんな私に、サリオン様は優しく囁いた。


「僕は何もしていない。信じてくれる家族もいる。だから、大丈夫だ」

 

「……! は、はいっ」


 頷く私にもう一度笑みを見せると、サリオン様はロイド様と対峙した。


「それで、僕の罪とは具体的には?」


「最近、街で魔物が暴走する事件や、魔力の爆発事件が多発している。また、瘴気の森の不自然な異常拡大が観測されている」


 ロイド様は書状を読み上げてから、サリオン様を見つめ返した。


「王国はこれらを、ノースフェル辺境伯による国家反逆計画によるものだと認定した」


「くだらない。そんなゴシップレベルで国が動くのか? 証拠は?」


「こんなことが出来るのは貴方しかいない。それこそが、何よりの状況証拠だ」


 淡々としたロイド様の声が、大広間に響いた。

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