第72話 開かれた門
黒曜城に初めての来客が訪れることは、すぐに全員に周知された。
「お客様です!」
「おもてなしです!」
「お掃除ですよ!」
ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんは張り切ってお掃除の真っ最中である。
死体人形さん達に忙しなく指示を出しながら、城全体をピカピカにすると張り切っていた。
「ありがとうございます。玄関ホールはばっちりですよ!」
「やったー!」
「次は東塔に行くです!」
「出発なのです!」
「いってらっしゃい!」
私はこの城の女主人――ということで、来客準備を取り仕切っている。
とはいえ、何か大げさなことをしている訳ではない。
主に皆さんに仕事を割り振って、その内容を確認しているだけだ。
けれど、自分にも役割があるというのは少し誇らしかった。
「ふわぁ。カラス娘たちは働き者だねぇ。どうせ玄関と大広間くらいしか見られないのににゃあ」
灰猫のミュラさんは掃除風景をのんびり眺めつつ、城の階段の手すりの上でお昼寝中だ。
「ふふ、そうですね。でも楽しんでお掃除しているみたいなので、お任せしようかと」
「まあ良いんじゃないかにゃ。僕は担当の買い出しも終わったし、ひとやすみ、ひとやすみ」
「お買い物、沢山ありましたものね。お疲れ様です」
「そういえば、街で変な噂を聞いたな」
「噂ですか?」
「最近、魔物がよく暴れてるとか何とか。人間の浄化不足なのかもにゃ」
「それは心配ですね。皆さんは何ともないですか?」
「僕たちは基本的に、下級魔物とは頑丈さも何もかも違うからにゃあ」
「先日の王都報には何も書いていなかった気がしますが……」
「くふふ! そんな王国に不利になるようなこと、王都報には書かれないさ」
「そっ、そういうものですか。なるほど」
「まあ僕たちには危険もないし、問題ないよ。さて、お昼寝の続きを――」
「あ、でもそういえば、ババさんがミュラさんを探していましたね」
「えー!? 僕の安らぎタイムが!」
不服そうに尻尾を揺らしているミュラさんの背後の影が蠢き、ノクスさんが姿を現した。
彼は軽々とミュラさんの首根っこを捕まえる。
「ほら、文句言っていないで行くぞ」
「ふしゃー!! なにするにゃ!」
「料理の準備に人手がいるんだよ。この城で今暇なのは、オレとオマエだけだ!」
「やだーっ。カナリヤ、たすけてーっ」
「行ってきます、カナリヤ殿」
「い、行ってらっしゃいませ!」
私はノクスさんとミュラさんを見送ると、客人を迎える為の大広間の準備へ向かう。
こうして着々と準備が進められ、ロイド様が黒曜城を訪問する日がやってきた。
◇ ◇ ◇
ノースフェル領の黒曜城は、トルマニア王国北端の瘴気の森の中にある。
北方がまだ瘴気に覆われていない遥か昔、人間がこの地に築いた居城を、そのまま手直しする形で魔物さん達が再利用しているのだという。
城壁も綺麗に修復されているが、これはあくまで形だけのものだ。
瘴気の森が天然の結界の役割を果たす黒曜城では、壁自体の防御的価値は低かった。
それは中央にある立派な城門も同じことで、見張り番なども通常では配置されていない。
――というかそもそも、この門は全く使用されていない。
サリオン様が外出する時は中庭に待機しているドラゴンで飛び立つことが殆どだし、他の飛べる魔物たちも同様だ。ミュラさんは飛べないが、猫なので器用に城門を登り越えてしまう。
また、そもそも使い勝手の良い小さな裏門が存在するので、稀に必要な時は皆そちらを使用していた。
そんなわけで、何十年かぶりに開けようとした城門は、錆付いていて全く動かなかった。
「まさか、城門の開放に一番苦労するとは思いませんでしたねぇ」
今は綺麗に手入れされた城門を、リュミエさんが感慨深げに見つめる。
「うむ! ヴァルクが力任せに引っ張って、支柱が折れた時はもう駄目かと思ったが」
「へ、陛下……そのことは、忘れてください」
「まあまあ、こうして素敵な門になった訳ですし」
落ち込む様子のヴァルクさんを慰めつつ、私は生まれ変わった姿となった城門に胸が躍っていた。
それはまるで人間社会へと黒曜城を、サリオン様を繋ぐ扉のようにも見えた。
「さあ、城の中で客人を待つことにしよう。今日は死体人形に門番もさせておく」
サリオン様の号令で、城門を確認に来ていた私たちは一斉に城内へ戻っていく。
そして数時間後、大広間で時間を潰していたサリオン様が立ち上がった。
「――ふむ。どうやら、やってきたようだぞ」
彼の言葉に窓を覗くと、城門がゆっくりと開いていく様子が見えた。




