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第71話 期待を込めた選択

 黒曜城の執務室に、私とサリオン様、リュミエさんとヴァルクさんが集まっている。

 四人が囲むテーブルの上には、先日ロイド様から届いた手紙が置かれていた。


「これは予想していなかった展開ですね。王都への招集はあるかもしれないと思っていましたが」


 思案気に話すリュミエさんに、私は訊ねる。


「今まで黒曜城に、来客があったことはあるのですか?」


「ありませんね、ただの一度も。そもそも城の周りの瘴気の森を越えられる人間が、殆どいませんので」


「成程。ではこの提案は、異例中の異例ということですか」


 私はロイド様の意図が分からず、頭を抱えてしまった。

 誘拐騒動の際に、彼が私に告げた言葉を思い出す。


『まさか脅されているのか?』

『それとも、君は優しいから辺境伯に同情したのか?』

『それなら僕が何とでもする。戻ってこい、カナリヤ!』


 それは、現実を理解しようとする姿勢すら殆ど見えない台詞だった。

 そのこと自体は、無理もないと思う。

 私自身でさえ、今の生活の変化には驚いているのだから。


 ただ、手紙の中でロイド様は、私とサリオン様の結婚を心から祝福してくれている。

 この数か月の間に状況を把握して、納得し、理解を示してくれたのだろうか。

 

 そう考えるのが自然だろう。

 けれど、何かが心に引っかかる。

 あの時に彼が初めて見せた鬼気迫る表情が、正体不明の違和感として残っている。


 私が考え込んでいると、ヴァルクさんが腕組みしながら口を開いた。


「それだ。フレアリス侯爵は黒曜城に来ると言うが、瘴気の森はどう抜けてくる気なんだ?」


「その点については、おそらく問題ない」


 これまで手紙を見つめながら聞き役に徹していたサリオン様が、顔をあげた。


「あのロイドという男は、人間としては異常な程の魔力を有している。瘴気への耐性もそれなりにある筈だ。この瘴気の森を越えて来れると判断しているからこそ、手紙を送ってきたんだろう」


「高価ですが、人間の世界には瘴気対策のポータルや魔道具というものもあるそうですしね」


 リュミエさんが付け足すと、ヴァルクさんは憮然とした表情で溜息を吐いた。


「そこまでして、ご苦労なことだな」


 そんなヴァルクさんの様子に、サリオン様が苦笑する。


「まあ、そう言うな、ヴァルク。これは好機かもしれない」


「好機ですか?」


「そうだ。僕もあのロイドには思う所はあるが……彼が王都で立場のある人間であることは間違いない。そんな彼が黒曜城を訪れてくれるなら、人間と友好関係を築く良いきっかけになるかもしれない」


 真摯な様子で前向きに語るサリオン様は、希望への活力に満ちていた。

 そんな彼の姿に胸を打たれつつも、私の中での不安は燻り続ける。


「サリオン様」


 本当はサリオン様の意見に、心から同意したい。

 けれど、私は意を決して、自分の今の想いを伝える。

 

「仰る通り、ノースフェル家と人間社会が仲良く交流出来たら、とても素敵だと思います。ただ、私、どうしても心配で」


「心配? 何が心配なんだい。言ってみて」


 サリオン様は不快になる素振りも無く、優しく問いかけてくれる。

 私は小さく深呼吸して、彼に告げた。


「ロイド様のことです。私、彼には、幼いころから沢山助けてもらいました。けれど聖域の神殿で見た彼は、まるで別人のようで……。上手く言えないのですが、このお手紙も、全て本当のことを書いてあるのかどうか、と」


 サリオン様だけでなく、リュミエさんやヴァルクさんも、私の言葉を真剣に聞いてくれた。

 その上で、サリオン様が表情をふっと和らげる。


「ありがとう。城の皆を心配してくれているんだな」


 彼は理解を示すように頷きつつ、言葉を続けた。


「だが、もしロイドが何か企んでいるのだとしても、上手くはいかないだろう」


「どういうことですか?」


「先ほど言ったように、この城の周囲の瘴気の森は深い。ロイドなら通過してくることは可能だろうが、その後、この黒曜城内で騒動を起こそうとするならば話は別だ」


 自信満々にそう言うサリオン様が目配せすると、リュミエさんもヴァルクさんも力強く頷いた。


「彼の魔力が多いと言ったが、それはあくまで人間としては、という話だ。当然ながら僕には遠く及ばないし、他にも彼に勝る者は黒曜城に沢山いる。まして、魔物に有利で、人間に圧倒的に不利なこの環境だ」


 淡々と告げる彼の言葉は尊大なようで、きっちりと現実を見据えた冷静な判断に基づくものだった。

 だからこそ、説得力がある。


「そんな中で争いを仕掛けてくるほど、あの男は馬鹿ではないだろう」


 そこまで言うと、サリオン様はにっこりと微笑んだ。


「大丈夫だ、カナリヤ。何かあっても、僕が必ずみんなを守る」


 彼の言葉に、私の不安が溶けていくのを感じた。

 

「サリオン様、ありがとうございます。でも、どうか、ご無理はなさらないでくださいね」


「分かっている。だが、僕は期待しているんだ」


「期待、ですか?」


「僕はカナリヤのおかげで、考えが変わった。人間と歩み寄るのも、悪くないと思うようになった。……あのロイドも、同じように変わってくれたのかもしれない」


「……!」


 何処か晴れやかな顔でそう言うサリオン様に、私は表情を綻ばせた。

 リュミエさんも微笑み、ヴァルクさんはやれやれといった様子で頭をかいている。


「だから、客人を迎え入れる方向で話を進めよう。みんな、良いか?」


「「「はい!」」」


 サリオン様の言葉に、私たちは声を揃えて同意した。


 こうして黒曜城から王都のフレアリス家へと手紙が届けられ、ロイド様の黒曜城訪問が実現することになる。

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