第70話 王都報の結婚発表
「僕たちの結婚を、正式に王国へ届け出ようと思う」
サリオン様がそう語りかけてきたのは、結婚式から数日後の夕食時だった。
「えっ、だ、大丈夫でしょうか」
嬉しい気持ちよりも、まず最初に胸を過ったのは不安だった。
そして、その心の声を思わずそのまま口にしてしまった。
「公式にサリオン様の妻となれるのは幸せです。ただ、その、私は家から追放された身ですし。……ノースフェル家に、ご迷惑にならないでしょうか」
そんな私の心配を吹き飛ばすように、サリオン様は快活に笑った。
「何を言う。カナリヤが相手だから、良いんだよ」
「……?」
「つまり、君は身元のはっきりとした女性だからな」
食事を見守っていたリュミエさんが、補足するように言葉を付け足す。
「カナリヤ様のご出自は明確です。魔王の魂を持つことで王都より恐れられていた陛下が、人間の女性と結婚されたと正式に発表する。これは、ノースフェル家から王家への歩み寄りと考えて頂けるでしょう」
ヴァルクさんも、それに続いて口を開く。
「魔物と人間の関係を少しでもよくしたいという、陛下のご提案だ」
「そうだったんですね」
ここまでの説明を聞いて、私は理解した。
サリオン様はきっと、魔物と人間の対立を危惧していた私への配慮で、結婚を発表することを決断してくれたのだろう。
私のことを気にかけてくださるお心に、自然と表情が緩む。
「ありがとうございます。私、本当に、幸せ者で――」
声を震わせる私に、サリオン様がおどけるように笑った。
「なんだい。今頃、気が付いたのかい?」
「ふふ、いえ、以前からよく分かっています。……旦那様」
「ああ。僕は君を世界で一番幸せにするって決めたからね!」
――もう、既に世界で一番幸せですよ。
誇らしげに胸を張るサリオン様に、私は心の中で囁いたのだった。
こうした経緯で、ノースフェル家は王国へ正式な婚姻報告を提出した。
書類はつつがなく受理され、あとは王都報での周知を待つばかりだったのだ。
◇ ◇ ◇
そして今日、その王都報をミュラさんが持ち帰ってくれた。
黒曜城の皆で、期待に満ちて確認したその内容は――
『ノースフェル領辺境伯サリオン・ノースフェルは、
先般、正規の手続きをもって婚姻を結んだことが報じられた。
これにより、同家の家門は安定し、
王国北方における統治体制は引き続き維持される見込みである。
なお、相手方の詳細については、
当該領の判断に基づき、公にはされていない。』
サリオン様婚姻の正式発表に、大広間の雰囲気は一瞬盛り上がる。
しかし最後まで文章を読み終えると、ルージュさん達が不満の声をあげ始めた。
「おかしいです!」
「カナリヤ様のお名前がないです!」
「ないです、ないです!」
憮然とした表情のサリオン様も、それに同調する。
「当該領の判断ってなんだ。僕は正式な届出書にカナリヤの名前を10回は書いたぞ!」
「……陛下。書きすぎて削られたんじゃないのかにゃあ?」
「ええっ、そんなことがあるのか!?」
「いえ、流石にそれはないでしょうが、これは。王都側の判断でしょうね」
思案気な様子で呟くリュミエさんに、ヴァルクさんが苦々しげに頷いた。
「カナリヤ様は複雑な立場だからな。王都の奴らめ、発表を日和ったか……」
大広間はしばし沈黙に包まれた。
私は暗い雰囲気を何とかしたくて、努めて明るい声で話す。
「で、でも、おめでたいことですよ。サリオン様のお相手が私だということは、公的記録には刻まれたでしょうし。ノースフェル家と人間社会との距離を近付けるという役割は、十分果たせていると思います」
「むう。そうかな?」
「そうですよ。これで私は、ノースフェル辺境伯夫人という立場になりましたし」
「ノースフェル辺境伯夫人!?」
サリオン様が衝撃を受けたような表情で声をあげた。
それからかなりの長い時間、じっと私を見つめ続けた後、ふっと目を細めた。
「そうか。それは、……良いな。ふふふ」
「にやけているのです!」
「幸せそうなのです!」
「にやにやです!」
ルージュさん達の言葉にハッと我に返ったサリオン様は、慌てて咳払いをする。
「こ、こら、何を言うかお前達。こんなに凛々しい当主をつかまえて……ふふふ」
顔の緩みが隠し切れなくなったサリオン様へ、リュミエさんが呆れたような笑みを向けた。
「全く、カナリヤ様のことになると仕方がありませんね、うちの陛下は。まあ、今回の所はこれで良しとしましょう」
「もしかしたら、今後、私も公務に出席する機会も頂けるかもしれません。少しずつ、皆さんに私のことを知って頂ければ良いと思います」
リュミエさんの言葉に私が頷くと、サリオン様が慌てたように私の手を掴んだ。
「待ってくれ、カナリヤが、公務に出席? ノースフェル辺境伯夫人として?」
葛藤するような間を挟んで、サリオン様は頭を抱えた。
「くっ、どうすればいいんだ。その光景は凄く見たい。しかし、カナリヤの可愛さが他の貴族に知れ渡ってしまう……」
「え、そんな、サリオン様」
「いやむしろ、可愛さも見せつけたい。でも、人気が出過ぎるとそれはそれで不安だ……」
「ええっ、だ、大丈夫だと、思いますよ……?」
「カナリヤは自分の可愛さを過小評価し過ぎている!」
「「「それは、同意なのです!」」」
サリオン様とルージュさん達に囲まれて狼狽えている私を遠目に眺めつつ、ノクスさんは小さく溜息を吐いたようだった。
「また陛下のご病気が始まった。こうなると長いぞ」
「にゃあ。もう、刺繍を始めてようにゃ。そういえば、ノクスは何を縫ってたの?」
「そ、それはお前には関係ない」
「えー、けち! 教えてくれてもいいのにぃ」
リュミエさんとヴァルクさんも、刺繍箱を持ってテーブルへと戻っていく。
「私たちも再開しましょうか。ヴァルク、貴方、今日中に完成しそうなの?」
「むう、この、糸を1本だけ救うのがどうしても難しく……」
――こうして王都報での結婚発表も無事に終わり、私たちの生活もまた一歩前進したと思っていた。
それから数日後、黒曜城にフレアリス家当主であるロイドから手紙が届いた。
結婚の祝いをしたいので、近いうちに黒曜城を訪問したい、という内容だった。




