第69話 楽しい刺繍大会
私とサリオン様の結婚式から、数か月が経過していた。
あの日、幸せな結婚式が行われた黒曜城の大広間に、今は大きなテーブルが設置されている。
そして黒曜城で暮らすみんなが勢ぞろいして、刺繍に勤しんでいた。
「カナリヤ様、見てください。上手に出来ました!」
「わあ、ルージュさんは本当に縫うのが早いですね。それに丁寧です」
「えっへんです!」
「カナリヤ、僕も見てくれ! 魔力の蔓で針を動かして、5つ同時に刺繍できるようになったぞ!」
「さ、サリオン様! 凄い……光景ですね!」
「ふっふっふ。そうだろう、そうだろう!」
「陛下は昔から、器用でいらっしゃいましたからねぇ。それに比べて、ヴァルクは……」
「む、むう。布が、針が、小さすぎるのだ!」
「それでも、最初よりはとっても上手になったです! ジョーヌがいっぱい教えてあげたです!」
「あらあら、素敵だこと」
胸を張るジョーヌさんの頭をリュミエさんが撫でていると、ブルーさんも飛び込んできた。
「あ、ずるいです。ブルーもなでなでしてください!」
「はいはい、いいこいいこ」
「んふー!」
作成途中の刺繍を手にしたまま、ブルーさんは撫でられてご満悦だ。
そんな賑やかな会話の中、ノクスさんはひっそりとテーブルの隅で刺繍を続けていた。
黙々と縫いあげられていくのは、どうやら猫の模様のようだ。
彼とよく一緒にいるミュラさんを連想して、私はひっそり笑顔を浮かべた。
◇ ◇ ◇
『誘拐の手引きをしたヴァルクさんの罪償いとして、1週間に1回、一緒に刺繍をしましょう』
私の提案通りに、ヴァルクさんは律義に毎週、私の元を訪ねてくれるようになった。
ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんも一緒だ。
最初は私の部屋で5人で刺繍をしていたのだが、次第に手狭に感じるようになった。
サリオン様に相談してみると、大広間にテーブルを設置するから、そこを使えば良いと言ってくれた。
早速、次の週に大広間へ集まってみると、にこにこ笑顔のサリオン様が着席して待っていた。
「僕だって参加して良いだろう?」
いつのまにか、ご自分用の裁縫箱もちゃっかり準備していた。
――どうやら私たちの刺繍の集いが羨ましかったらしい。
そんなわけで6人で刺繍を始めたのだが、ほどなくしてミュラさんがその中に加わった。
「何となく楽しそうだから」という理由らしい。
もっとも、ミュラさんは糸とじゃれている時間の方が長かった気がする。
そんなミュラさんを揶揄するように、いつの間にかノクスさんも輪に入っていた。
「仲間外れは酷いですよ」と冗談交じりに笑いながら、リュミエさんもやってきた。
そうして気が付けば週に1回、大広間で皆が集まって刺繍をおこなうという習慣が出来上がった。
特に義務という訳ではなく、他に仕事があるときは顔を出さないメンバーもいるが、それでも概ね全員が集まることの方が多かった。
お喋りしながら皆で刺繍を楽しむこの時間は、私にとってかけがえのない大切なものへと変わっていた。
◇ ◇ ◇
「そういえば、今日はミュラさんはいないんですね」
ほぼ皆勤賞のミュラさんが不在なことに気が付き、私は緩く首を傾げる。
その言葉に応じるように、ノクスさんが口を開いた。
「カナリヤ殿、あいつは王都報を調達に行っている」
「あら、そういえば今日でしたっけ」
実はノースフェル家に関する"とある発表"が王都報に掲載される予定があり、黒曜城の皆で心待ちにしていたのだ。
「楽しみです!」
「わくわくです!」
「待ちきれないです!」
ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんが声を弾ませたところで、タイミングよく大広間の扉が開いた。
「にゃにゃんと登場。ただいまー!」
「おかえり。丁度、ミュラの話をしていた所だ!」
人間姿のミュラさんは、その手に確りと大判の紙を筒状に丸めたものを抱えていた。
サリオン様は立ち上がって、彼を迎え入れる。
王都報とは、トルマニア王国が2週間に1度発行している公式文書で、王命、事件、通商情報などが簡潔に記されている。
王都在住の貴族や教会に配布される他、王城前や大聖堂などに張り出される代物だ。
そして高価ではあるが、一部の書店などで購入することも可能だった。
「僕もまだ、ちゃんと見てないからさ。陛下、早く、早く!」
ミュラさんは王都報をサリオン様に手渡すと、その背後に陣取った。
「まあ、私にも見せてくださいな?」
その隣にリュミエさんが顔を覗かせる。
「分かってる、分かってる。ほら、カナリヤはここに」
「ふふ、ありがとうございます、サリオン様」
サリオン様に手を差し出されて、私は彼の隣の席へと収まった。
他の魔物さん達も、全員、一度刺繍の手を休めて集まってきた。
皆の視線が集まる中、丸められていた王都報が開かれる。
『ノースフェル領辺境伯サリオン・ノースフェルは、
先般、正規の手続きをもって婚姻を結んだことが報じられた。
これにより、同家の家門は安定し、
王国北方における統治体制は引き続き維持される見込みである。
なお、相手方の詳細については、
当該領の判断に基づき、公にはされていない。』




