第67話 辺境伯の脅威(★ロイド視点)
トルマニア王国の王宮には、「白の聖殿」と称えられる立派な大広場がある。
それは王城大正門の裏手側に位置しており、大円の形状をしていた。
主に祭典や儀式の際に開放され、普段は貴族を含めた一般人の立ち入りは禁じられている。
広場の床には真っ白な石が美しく敷き詰められ、放射状に金の模様が刻まれていた。
中央には巨大な神像が鎮座している。白石で造られたその姿は、両腕をわずかに開き、慈悲を与えるような、あるいは罪を量るような曖昧な所作をしていた。
「我が王よ、ここにいらっしゃいましたか」
俺は王宮大広場へ足を踏み入れると、その中央で神像を見上げている人物――現トルマニア国王、アルベリク陛下へと声をかけた。
「おお、ロイドよ、戻ったか」
アルベリク陛下は在位から30年以上経過していて、今年で68歳となる。
穏健派として知られており、国民からの信頼も厚い老王だった。
「ミストラス高原での魔物の暴動は無事に鎮圧しました。ご安心ください」
「流石だ、お主は頼りになる。民への被害は?」
「後で報告書を出しますが、家屋が何軒か倒壊しています。怪我人も数名、ただし重傷者はいません」
「よくやってくれた」
王は安堵の息を吐くと、感謝の祈りを捧げるように神像を見上げた。
俺はその姿に薄く目を細めると、深刻そうな声色で話を続ける。
「しかし、瘴気の蔓延が激しいです。早急に浄化作業が必要となるでしょう」
「そうか。魔石と神官を確保し、現地へ向かわせよう」
「それが陛下、最近の度重なる魔物の暴走や瘴気の森の拡大で、王都では慢性的な魔石不足に陥っています」
「なんということだ。ロイド、フレアリス家の所持している魔石鉱山での採掘を急ぎ進めてくれ」
「既に手は打っております。ただ、魔石を採掘してから加工するまでには時間がかかるかと」
「では、ノースフェル伯に連絡を取ろう! 伯が保管している魔石を、今こそ借り受けようではないか」
名案だろうと同意を求めてくる王を、俺は暗い顔でじっと見つめた。
そして、たっぷりと沈黙を挟んでから、こう切り出したのだ。
「王よ……、そのことなのですが」
ただ事ではないと感じたのか、陛下が息を飲んだ。
そのタイミングを見計らって、俺は続きを話す。
「この一連の騒動、背後にノースフェル辺境伯の影があるという噂があるのです」
「なんだと!?」
「大臣たちから話を聞かれませんでしたか? 今、貴族の会合ではその話でもちきりですよ」
「いや、ワシは、何も……」
善良で疑うことを知らぬ王は、ショックを受けたような表情で固まっていた。
彼も若い頃は本当に賢王であったのだという。
しかし即位から長年が経過し、よく言えば穏健、悪く言えば事なかれ主義の王へ収まった。
民への人気は高いものの、今や、実務を担っているのは側近達の方である。
そのことを本人も憂いている節もあるが、それで国が回るならと受け入れているようだった。
――だが、あの側近たちは何もわかっちゃいない。
この王の本当の「利用価値」を。
「そもそも、ノースフェル辺境伯は魔物を操る能力を持っているというではないですか」
「確かにな。だが、伯が暴動を起こそうとしたことなど、これまで――」
「お忘れですか、陛下。北の森の魔力の暴発、そして聖地の遺跡が襲撃されたことを」
「聖地の遺跡の件は、誘拐犯を捕える為だったと報告を受けたが」
「それにしたって神聖な森が、一瞬で半壊したんですよ。それを、ノースフェル辺境伯はこともなげに実行できるという訳です」
「ロイドは、現地で様子を見たのだったな」
「ええ。あの攻撃が王都に向けられていたらと思うと……」
「お、恐ろしいことを言うんじゃない」
「ともあれ、これまで静かだったノースフェル辺境伯が、急に公に力を見せつけ始めた。そして同時期に魔物が騒ぎ出し、瘴気の森も拡大している」
俺はそっと王の肩に触れた。そして、重い声で囁く。
「……これを無関係と言い切るのは困難ではないでしょうか」
アルベリク陛下は顔を真っ青にして、黙り込んでしまった。
――これで良い。今に見ていろ、サリオンめ! 北の地の化け物め!!
必ずお前を破滅に追いやり、俺はカナリヤを取り戻す。
「ノースフェル辺境伯については、私が調査します。しかし、その前に一つ、ご提案が」
「なんだ、ロイド」
「陛下も、おそらく頭には過っていらっしゃるでしょう」
俺はそう言いながら、巨大な白い神像の足元をそっと撫でた。
「"神核炉"の再稼働を準備すべきです」




