第65話 メアリーの没落(前)(★メアリー視点)
――腹が立つ、腹が立つ、どうして私がこんな目に!!
私は怒りを煮えたぎらせながら、力任せに地面に木杭を打ち込んだ。
ここは国の西端にあるラグフェン開拓地。
深い山脈と乾いた土地の狭間にある、荒涼とした労働集落だ。
私とお母様は、西方労働登録民としてこの地に移送されてきた。
今しているのは、集落を囲む防護柵の補修作業だ。
こんな肉体労働なんて、綺麗なお姫様の私には似合わないのに。
「わあああっ!!」
こみあげてきた苛立ちを抑えきれず、私は大声をあげながら粗末な柵を蹴りあげる。
脆い材質の木片の一部が、削れて砕け散った。
「こら、何をしている、084番!」
「うるさいわね、私はメアリーよ! メアリー・ヴァレンティーヌ!」
「今壊した場所の補修作業も追加だ。出来なければ食事を減らす」
「何よ偉そうに! 私は伯爵家の娘なのよ!?」
「早く作業に戻れ」
「……っ、話を聞きなさいよ、このッ!!」
私がどれだけ叫んでも詰め寄っても、それ以降は監督官の男は返事すらしなかった。
ただ、冷たい視線を私に向けるだけ。
まるで会話する価値も無いと言われているようで、私の心はぐちゃぐちゃになる。
結局、声がかれるまで怒鳴り続けた後、私は不服ながらも柵の補修作業に戻った。
こんな不毛なやりとりは、この集落に来てからもう何度も繰り返してきた。
実際に作業が終わるまで解放して貰えないことも理解している。
何度か仕事を放棄していたら、夜になっても宿舎に入れて貰えなかったのだ。
「なんで私がこんな……、なんで、どうして……ッ」
私はぶつぶつと呟きながら、木槌を振り上げた。
◇ ◇ ◇
私がどうしてこんな劣悪な環境にいるのかといえば、話は数週間前に遡る。
カナリヤ誘拐事件の後、私は王都の自宅に連れ戻された。
「アンタ、何てことしてくれたのよ! このバカ娘!!」
屋敷に戻った私を出迎えた、母の第一声がこれだ。
唖然としていると、そのまま強く頬を叩かれた。
「は……?」
一瞬、何が起こったのか意味が分からなかった。
暴力を振るわれたのは初めてだった。
しかも、いつも甘やかしてくれる母から殴られるなんて。
「な、何するのよ、お母様!!」
我に返った私は、反射的に金切り声をあげた。
けれど、すぐに身を竦めて後ずさった。
私を見つめる母の顔が、悪魔のように恐ろしい形相であることに気が付いたからだ。
「ただでさえ家が大変な時に! それでもフレアリス家と縁が繋げればと思っていたのに、本当に役立たずな子ね!」
「お母様?」
「国から処分が下るまで、部屋から出ることを禁じます。これ以上、余計なことをしないで!」
私は母に乱暴に腕を掴まれると、引きずるように自室へと連れてこられた。
反論の余地など何もないと言わんばかりに、そのまま扉は閉められる。
「何よ、何なのよ……」
暫く扉の前で立ち尽くした後、私の胸に怒りがふつふつと湧いてくる。
ただでさえ、あのカナリヤの生意気な態度に腹が立っていたのに。
母からは一方的に責められ、労りの言葉一つない。
「アンタだって、カナリヤを虐めてたじゃない! 私にだけ、偉そうに!!」
部屋から出ようと扉の取っ手に手をかけたが、鍵がかかっていてびくともしない。
怒りに任せて扉をガンガン蹴りつけたが、外からの反応も何もない。
「ロイドが! 私に酷いことしたら、ロイドが黙っていないんだから!」
私は苦し紛れに叫ぶ。
「お母様も、私をここに閉じ込めた使用人も、全員痛い目にあわせてやる!!」
そのまま暫く怒鳴り続けていたが、あまりの無反応に虚しくなって、私はベッドに移動した。
「ううっ、ロイド……」
私は布団の上にうつ伏せに寝転がりつつ、カナリヤが去った後の彼の様子を思い出す。
彼は王都警備隊のトップとして、淡々と罪人の移送についてを指示していた。
そして何とそのままの流れで、私へも自宅待機を命じたのだった。
「ねえ、ロイド。私、大丈夫よね。助けてくれるわよね?」
私の言葉に返事はなかった。けれど、彼はにっこり微笑んでくれた。
だから、大丈夫。きっと大丈夫なはずよ。
彼が1番好きなのは、私のはずなんだから!
自室に閉じ込められて数日後、私は屋敷の応接間へと連れ出された。
やっと自由になれるのかと思ったら、そこには無表情のお父様と、くたびれきった表情のお母様が待っていた。
暫くして登場した役人が、書面を読み上げる。
「このたびのメアリー・ヴァレンティーヌの罪に関しては、王都法に照らし合わせれば、まず第8条の……」
難しい言葉で延々と続けられるその朗読は、私の罪状を指摘しているらしかった。
これまで多少悪いことをしたって、誰かしらが誤魔化して、なかったことにしてくれていたのに。
私、どうなってしまうの?
ぞっと背筋が冷えたところで、役人の声が少し大きくなる。
「……本来であれば禁固刑に処すべきであるが、これまでのヴァレンティーヌ家の功績を配慮し、ラグフェン開拓地への労働配置を命じる」
「はっ? どこ!?」
思わず出た声に、返してくれる人はいない。
「同時に王都滞在権は剥奪され、貴族的保護も停止となる。監督不行き届きとして、実母エルザも同様の処罰とする」
「えっ、王都にいられない? 貴族じゃなくなる? そんな、そんなの……」
「全部アンタのせいよ! なんで私まで!!」
放心している私に、お母様がつかみかかった。
役人はその様子を冷ややかな目で見つめるだけで、止めようとすらしない。
「嫌よ、嫌っ。お父様、助けて!!」
私は最後の望みとして訴えたが、お父様は怖いほどの無表情だった。
「……残念だよ、メアリー、エルザ」
この一言で、私とお母様が、完全に家から切り捨てられたのだと悟った。
そして私たちは支度する間もなく、荷物と共に西の僻地であるラグフェン開拓地へと移送されたのだ。




