第63話 世界一幸せな花嫁(後)
サリオン様への贈り物の準備のために、一度私は結婚式会場である大広間を後にした。
暫くの後、花の飾り付けられた台車を押しながら再び登場する。
「サリオン様、お誕生日おめでとうございます!」
白いクロスのかけられた台車の上には、大きなケーキが乗せられている。
サリオン様の好物の林檎をたっぷり使った自信作だ。
私の言葉に、彼は目を丸くした。
「誕生日……そういえば、そうだったな。結婚式に気が向いていて、忘れていたよ」
軽い調子でそう言って照れくさそうに笑った後、サリオン様は改めてケーキを眺める。
「とても美味しそうだ。飾り付けが綺麗だし、リンゴの甘い良い匂いがする」
「はい。ババさんと猛特訓して、頑張って作ったんですよ」
「えっ。カナリヤ、これは君の手作りなのか!?」
「驚きました? なら、サプライズは大成功ですね!」
私がくすくすと笑ってサリオン様の顔を覗き込むと、彼は弾けるような笑みを見せて私を抱きしめた。
「驚いたとも! ありがとう、嬉しい。僕のお嫁さんは最高だな!」
「わっ、ふふふ。そんなに喜んでもらえて、私も嬉しいです」
彼の腕の中で、私はその胸に頭を預けて身を寄せる。
伝わってくる温もりが、心地よい。
私が幸せをかみしめていると、サリオン様が私の耳元で囁いた。
「――では、僕からも最高の贈り物を返さなくてはな」
少しだけ身を離した彼が礼服の内ポケットから取り出したのは、真っ白な小箱だった。
その繊細な佇まいに、私の胸が高鳴る。
サリオン様はゆっくりと、私の前で箱を開いた。
中には銀の指輪が二つ収められている。
「これを、君に」
片方の指輪を取り出したサリオン様が、小箱を置いて私の左手をすくいあげる。
美しく微笑むと、彼は愛おし気に私の薬指へ指輪を通した。
殆ど重みのないはずの指輪が、私の指元で存在感を示しながら煌めく。
温かい絆を繋いでくれているようで、私の表情は淡く綻ぶ。
「綺麗……お月様と、蝶々ですね」
私は左手を天窓から差し込む光へかざした。
細い銀の指輪には緻密な細工が施されていて、それは空を舞う蝶の姿のようだった。
そして蝶が目指す先の場所へ、丸い小さな石が埋め込まれている。
まるで、小さな月のようだった。
「気に入ってもらえた?」
「はい。はいっ、とても……!」
感動で声を震わせながら、私は答える。
それを聞いて、サリオン様はほっとしたように息を吐くと、誇らしげに笑った。
「では、僕にも嵌めて貰っても良いかな」
「勿論です。……一番大切なお揃い、ですね」
こうしてお互いの左薬指に、私たちは真新しい指輪を輝かせることになった。
二人が手を繋ぎ合うと、自然と魔物さん達から拍手が起こる。
「カナリヤ、出来ればその指輪は、ずっと付けておいて欲しいんだ」
小さな声で、何処か不安げに言うサリオン様へ、私は不思議そうに返事する。
「ええ、外すつもりはないですよ。これから、一生」
「ありがとう。その、今回の件は、君を危ない目に遭わせてしまったから……。この指輪には、加護の力をかけてあるんだ」
「加護の力、ですか?」
「そう。君を危険から守ってくれるように、僕の魔力を込めてある」
私はきょとんと瞬き、指輪を見つめる。
今は彼の力を感じることは無い、ただの美しい指輪だった。
それでも――、
「最高のお守りですね」
彼の思いが嬉しくて、私は微笑む。
「そうだろう? 僕はカナリヤの為なら、何だってできるからな」
照れ隠しのように冗談めかして、サリオン様も微笑んだ。
二人で美味しくケーキを頂いた後は、ダンスの時間だ。
ついにこれまでの練習の成果を見せる時が来た。
大広間のホールの中心に、私とサリオン様が移動する。
死体人形の音楽隊が、上品なダンス曲を奏で始めた。
私とサリオン様は互いにお辞儀をして手を取り合った。
しかし、私たちを見守ってくれる魔物さん達の姿が不意に視界に入る。
「……サリオン様」
「なんだい」
「二人きりのダンスも素敵でしたが、賑やかなお祝いも良いものではありませんか?」
私の言葉にサリオン様は少しだけ思考を巡らせた後、理解したように頷いた。
「はは、確かに。僕たち家族の祝いを、盛大に祝おうじゃないか」
サリオン様はくるりと魔物さん達へ向き直ると、笑顔を浮かべた。
「踊れる者は、一緒に踊るぞ。さあ!」
彼の提案に魔物さん達は驚いて顔を見合わせていたが、一番乗りしたのはミュラさんだった。
近くに居たノクスさんを掴んで、そのままホールへ進んで来る。
「にゃはー! ボク楽しいの大好き、やるやる!」
「おい、こら、オレを引っ張るな!」
「踊るのです!」
「ダンスです!」
「るんるんです!」
「まあまあ。身内だけの式ですし、こういうのも楽しいかもしれませんね」
「……陛下の仰せなら、仕方があるまい」
「私は皆さまの光景を、この目に焼き付けておりましょう!」
そうして結局、各々でペアを組んだり、死体人形さんを相手に引き連れたりしつつ、動ける全員がホールへと移動した。
「では、折角なので、もっと華やかに――」
私はふと思いつくと、会場に置かれていた刺繍入りのハンカチたちへ念を込める。
色とりどりのハンカチが、音楽に合わせてひらひらと宙を舞って、更に場を盛り上げた。
「それでは改めて、お手をどうぞ、僕のお嫁さん」
「はい。サリオン様」
そして二人は手を取り合って、幸せに満ちたダンスの時間を過ごしたのだった。




