第60話 罪と罰
自らの処刑を願うヴァルクさんの発言に、室内の空気は凍り付いた。
これは、情状酌量を狙って自罰的に装っている態度なんかじゃない。
ヴァルクさんが本気でこの言葉を発していると、この部屋にいる全員が理解していた。
私も絶句してしまい、何も言えなくなる。
主君を危機に晒すような裏切りが、重罪なのは理解できる。
それでも処刑なんてあまりに残酷で――誰一人幸せにはならないのではないか。
ドガンッ!!
――僅かな沈黙の後、机を割れんばかりに叩きつける音が響いた。
震える手で机を殴りつけていたのは、サリオン様だった。
「ふっ、……ざ、ける、なっ……!!」
ぎりぎりと歯を噛み締めながら、絞り出すような低い声を彼は響かせた。
ギロリと見開かれた瞳が、射貫くようにヴァルクさんへ向けられている。
「お前ッ……、ぼ、ぼくが……、僕が、カナリヤの為なら、……なんでもできると、言うがっ……!!」
言葉に詰まり、サリオン様はぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。
指の間から覗いた瞳には、涙が溜まっていた。
「僕がっ……、ぐっ、ぅ、……お前のことを、……どう、思っているか――!!」
彼は立場と感情の狭間で葛藤し、もがき苦しみ震えていた。
私も、リュミエさんも、ジョーヌさんも、そのあまりに壮絶な姿に声をかけられない。
「処刑、……しろ、なんて……っ、お前、……お前ッ!!!!」
頭を下げ続けている、ヴァルクさんの肩も震えていた。
「――お前は僕にとって、父親のようなものなんだぞ」
激昂の後、最後にサリオン様から零されたのは、今にも泣き出しそうな声だった。
まるで、途方に暮れた幼子のような声だった。
リュミエさんが、すすり泣くジョーヌさんを抱きしめながら自らの顔を覆った。
ヴァルクさんはずっと頭を下げたままだ。
サリオン様は放心したように、何処か遠くを見つめている。
地獄のような室内の空気に、私の胸も締め付けられる。
私はまだ黒曜城にきて間もない存在だ。
彼らが積み上げてきた時間の長さ、絆の深さを、全て理解することはできない。
それでも互いを想い合う彼らが、こんな終わり方をして良いはずはない。
何とかしなければと気持ちばかりが焦る。
そんな私の思いとは裏腹に、サリオン様が静かに口を開いた。
「もういい。僕は……、城を治める者として、ヴァルクを裁く責任がある」
「……!」
私の背がぞくりと冷えた。
いけない、サリオン様は、ヴァルクさんに処分を言い渡そうとしている。
きっと一度判断を下してしまえば、取り返しがつかなくなる。
「このたびの裏切り行為の処罰として、ヴァルクは――」
「ま、待ってください!!」
私は反射的に叫んでいた。
新参者の私が口を出していいのだろうか、とか。
そんな悩みも、切羽詰まって何処かに飛んで行ってしまっていた。
「カナリヤ?」
今まで大人しくしていたのに急に言葉を挟んだ私を、サリオン様が驚いたように見つめる。
「あの、あ、ええと……、その、」
どうしよう。
具体的な解決方法なんて、何も考えていなかったのだ。
「ごめんなさい。私、お城の規則は、分からなくて。おかしなことを言うかも、しれませんが……」
私は狼狽えながらも、ただ、今の想いを伝えることにした。
「ヴァルクさんは、確かに、やり方を間違えたと思います。でも、すぐに処刑なんて……重すぎる、と思います。間違えることは、誰にでもあります」
「だが、ヴァルクは君の命を危険に晒したんだぞ?」
「わざとではなかったはずです。それに、サリオン様が助けてくれました」
「君はヴァルクを恨んでいないのか? ヴァルクが怖くないのかい?」
「いいえ、それは、全然……」
あっさりと答える私の言葉に、サリオン様が目を丸くした。
「え、ど、どうして?」
「だって、ヴァルクさんがサリオン様のことを大事だという気持ちは、とても伝わってきますから。私もサリオン様のことが大切だから、分かるのです」
「いや、でも」
「それに実家で受けてきた仕打ちと比べれば、ヴァルクさんはむしろ優しいですし、恨みなんて全く感じないと言いますか……」
私は本心からそう告げたのだが、実家の件を持ち出した瞬間、その場の空気がややおかしな雰囲気になった。
サリオン様は何も言えずに固まっているし、リュミエさんは頭を下げたままのヴァルクさんをじとりと睨んでいる。
「ヴァルク……、お前、本当にカナリヤに感謝するんだぞ」
「そうですよ、ヴァルク。こんな良いお嬢さんに、なんて酷いことを」
「……」
思っていたのとは違う展開だったが、何となく場の緊張が緩んだ。
そのことに安堵しているのは、きっとここに居る全員だったと思う。
「はあ。取り合えず、頭をあげろ、ヴァルク」
少しだけ元気を取り戻した声で、サリオン様が告げる。
そろそろと頭をあげたヴァルクさんは、ボロボロの泣き顔をしていた。




