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第59話 ヴァルクさんの想い

 東塔の下層階にあるヴァルクさんの部屋は、大きな石扉の先にある。

 サリオン様は一声かけると、返事を待たずに扉を開けた。


「ヴァルク、入るぞ」


 ヴァルクさんは巨体のゴーレムだから、部屋自体も家具も全てが大きい。

 室内は整頓されていて、書類や武器なども棚に綺麗に仕舞われている。

 壁には立派な本棚が設置され、本がびっしり並べられているのが印象的だった。


 そんな部屋の奥に、人間仕様のテーブルとソファが設置されている。

 ヴァルクさんは執事服の人間形態で、その隅に座っていた。 

 そして、その隣にはリュミエさんが腰をかけ、膝にカラス姿のジョーヌさんを乗せている。


「……」


 重い空気と沈黙が、室内を支配していた。

 

 私はヴァルクさんの顔をよく見ることができないまま、促されるようにサリオン様の隣、リュミエさんの向かいのソファへ腰を下ろす。


 そのまま暫く全員黙っていたが、やがてサリオン様が口を開いた。


「どうしてここに皆が集まったのか、理由は分かっているな、ヴァルク?」


 低く、感情を押し殺したような声だった。

 けれど、そこには困惑が滲んでいた。


「――はい」


 短くはっきりと、ヴァルクさんが返事をする。

 サリオン様が奥歯を強く噛み締め、固く握った拳を震わせた。

 それでも努めて気丈に、彼は続ける。


「お前が……、お前が、カナリヤの誘拐を手引きしたことは分かっている。ジョーヌがお前の指示で、街へ手紙を届けに行ったと教えてくれた」


 サリオン様の言葉に、リュミエさんの膝の上のジョーヌさんがびくりと震える。

 リュミエさんはその小柄なカラスの羽を、優しく撫でている。


「ジョーヌには、"お使い"だとしか告げていなかったらしいな。何をやっているんだ、お前は……」


 ついに殺しきれなかった感情が溢れ、サリオン様の表情が苦し気に歪んだ。

 乱雑に髪をかきあげる姿を、それでも今は見守ることしかできない。

 彼は必死に、自分の仕事を全うしようとしているのだ。


 重く息を吐き出すと、サリオン様は真剣な顔でヴァルクさんを見つめた。


「真実をすべて話せ。処分はそれから考える」


 ヴァルクさんはずっと固く俯いた表情のままだった。

 それ以外を許されていないと自分に言い聞かせているような、そんな様子だった。

 苦し気なサリオン様に表情が歪みかけたが、それすら耐えているようだった。


「……分かりました」


 そしてサリオン様から話を促され、ようやく顔をあげた。

 一瞬だけ私の方へ視線が向き、申し訳なさそうに逸れていくのが、何だか悲しかった。


「仰る通り、今回のカナリヤ様誘拐について、私が手引きしたことで間違いありません」


 ヴァルクさんが自分の罪を肯定する言葉に、リュミエさんが辛そうに眉を寄せた。

 部屋の空気が一段と重くなる。

 それでも、ヴァルクさんは話し続けた。


「カナリヤ様の護衛で街に行った時、カナリヤ様を目で追う怪しい女を見かけました。後で調べた結果、それが彼女を虐めていた義妹だと知ったのです。そしてその義妹が、街でずっとカナリヤ様を探し続けていることも知りました」


(あの時……)


 私は息を飲んだ。

 アリスティアの街へヴァルクさんと行った時に、メアリーに目撃されていたなんて。

 全く、気づきもしなかった。


「私は……、その義妹にカナリヤ様の居場所を知らせれば、きっと浅はかな行動を起こすだろうと考えました。とはいえ、所詮、大した力を持たない貴族の娘です。どうせ私兵を引き連れて、小さな誘拐騒ぎを起こすのが関の山だろうと。まさか、あんな、聖域での騒動になるとは――」


 ヴァルクさんの声には、明らかに動揺と後悔の色が濃く滲んでいた。

 メアリーの裏に富商が、そして富商の裏にマルコスが、繋がっていることは予想外だったのだろう。


「私は陛下に、力を取り戻してほしかった。人間から避けられ、傷つけられる陛下の御姿を、幼い頃よりずっと見守っていました。陛下は本気になれば、今の人間を滅ぼすなど容易いはずです。でも、お優しすぎて、それをしない、出来ない。そしてまた、苦しめられる。私は、もう見ていられなかった……」


 積年の苦しみを吐き出すように、ヴァルクさんは顔を覆った。

 それは本当に切実な述懐だった。


 その瞳が、微かに震えながら見開かれる。


「けれど、カナリヤ様の過去を聞いたというあの日、陛下が初めて力の片鱗を覗かせたのです」


 儚い光を思い起こすように、ヴァルクさんは続けた。


「私は希望を見出した気がしました。陛下は、ご自分の為に怒ることは出来ずとも、カナリヤ様の為であれば力を発揮することが出来るのだと――」


 そこまで言うと、ヴァルクさんは顔を覆っていた手を下ろした。

 その表情からはこれまでの固さが消え去り――諦観と自責の念ばかりが感じられた。


「……陛下が本気になったのならば、貴族娘の起こす誘拐などすぐに解決できると思っていました。言い訳にしかなりませんが、カナリヤ様をここまで危機に晒す心算も無かった。私自身、カナリヤ様を憎んでも嫌ってもいません。陛下を支えてくれることに、感謝すらしています」


 私を一度真っ直ぐに見つめた後、ヴァルクさんはサリオン様に向き直った。


「しかし、しでかしてしまったことは事実。私は主君を裏切りました。どれだけ謝罪しても、許されることではないでしょう。今宵、声を掛けられなければ、自分から出向く心算でした」


 そして真摯に、はっきりと告げながら、深く頭を下げた。


「どうか私を処刑してください」

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