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第58話 不安な心

 黒曜城の中庭にアウロスが着地した瞬間、三羽のカラス――ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんが飛び出してきた。


「カナリヤ様、お帰りなさいませ!」

「寂しかったです!」

「お怪我無いですか!?」


「はい、元気ですよ。サリオン様のおかげです。ご心配をおかけしました」


 私がアウロスの背から降りると、カラス娘たちはポンッと人間のメイド姿に変化して、私に勢いよく抱き着いてくる。


「良かったです!」

「陛下、偉いです!」

「うわぁん……」


「ありがとうございます。私も皆さんの元へ戻って来られて嬉しいです」


 私はその小柄な少女たちの姿を一人ずつぎゅっと抱きしめ、頭を撫でた。

 他の魔物さん達も待機してくれていたのか、一斉に中庭へと姿を現した。


「お帰りなさいませ、陛下、カナリヤ様、ヴァルク、ミュラ」


 静かに微笑みながら、穏やかな声を掛けてくれたのはリュミエさんだ。

 彼女は三人娘たちをくすくすと窘める。


「ほら、貴女たち、カナリヤ様はお疲れなんですよ。そろそろ解放してさしあげなさいな」


「そうとも! つもる話は後でゆっくりすれば良い」


 同調するような快活な声と共に、私の両肩にそっと手が置かれる。

 サリオン様だ。


「リュミエ。留守の間、城に変わりはなかったか?」


「はい、陛下。何事もなく」


「宜しい。皆、聞いてくれ――」


 サリオン様の号令に、その場の雰囲気に少しだけ緊張感が生まれる。

 和やかさは残したまま、それでも全員姿勢を正して、城の主であるサリオン様へと向き直った。


「このたびの騒動、全員、よく働いてくれた。こうしてカナリヤも無事に戻ってきた。ありがとう」


 魔物さん達は皆、安堵したような、誇らしげな表情を浮かべている。

 ――ただ一人、何処か固い表情を浮かべるヴァルクさんを除いて。


「さて、結婚式だが、明日に改めておこなおうと思う。異議のある者はいるか?」


「異議なーし!」


 真っ先に灰色の尻尾をふって主張したのはミュラさんだ。


「やりましょう、陛下」


 ミュラさんの隣にいたノクスさんも、静かに頷く。


「結婚式だ!」

「結婚式です!」

「最初の予定より、もっと豪華にしましょう!」


 三人娘たちも声を弾ませて、今にも準備に駆けだしていきそうな勢いだ。

 そんな彼女たちを、サリオン様は笑いながら引き留める。


「まあ、待て。その前に、僕らには美味しい食事が必要だ。ババの所へ行って、準備をお願いできるかい?」


「「「はーい!」」」


 指示を受けると、今度こそ、ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんは中庭を飛び出していく。


「カナリヤ様は、こちらへ。ご無事とは思いますが、一応、食事の前にお身体を確認しておきましょう」


 リュミエさんに促されて、私は頷いて後をついていく。


 歩きながら、ちらりとサリオン様とヴァルクさんが何か会話を交わしているのが見えた。

 私はその姿に、何故か胸騒ぎが止まらなかった。


◇ ◇ ◇


 食事を済ませた後、私も張り切って結婚式の準備を手伝おうとした。

 しかし、魔物さん達に止められてしまった。


 誘拐された先の神殿で何があったのかを聞いた彼らは私を心配し、今日は一日部屋でゆっくり休むようにと強く勧められてしまったのだ。


 そんなに疲れているつもりはなかったが、温かなベッドに横になると、すぐに眠気に襲われた。

 うとうとしながらも、私の頭の中は悩み事でいっぱいだ。



 ――手紙の件を、どのようにサリオン様に伝えよう。



 結局、部屋に手紙があったことも、その送り主であろう人物のことも、何も話せていない。

 不思議なことに、サリオン様から訊ねてくることも無かった。

 むしろその話題を避けているようですらあった。


(もしかして、サリオン様は)


 黒曜城に戻ってからも、ずっと優しく明るい様子だったサリオン様を思い出す。

 でも、どこか無理しているようにも感じられた。


(ヴァルクさんが何かしたことに、気が付いているのでは……)

 

 胸の内に不安が渦巻く。

 ヴァルクさんがサリオン様にとって大切な人であることは、疑いようもない。

 一体、どうなってしまうのだろう。


 解決の糸口を見つけることが出来ないまま、私は眠りに落ちていった。


◇ ◇ ◇


 目を覚ますと、既に日が沈んでいた。

 随分と長く眠り込んでしまったようだ。


 私はベッドから起き上がると、身なりを整える。

 ぐっすりと眠った為か、身体の重さも無く、元気が回復していた。


 コンコン、とノックの音が響いた。

 てっきりルージュさんからの夕食の知らせかと思ったが、その声はサリオン様のものだった。


「カナリヤ、起きているか?」


「サリオン様!? は、はいっ。起きています」


 私が慌てて扉を開けると、サリオン様はにこりと紫色の瞳を柔らかく細めた。


「おはよう。ゆっくり休めたかい」


「はい。皆さんのお気遣いのおかげで……すっかり元気です」


「それは良かった」


 それから僅かに沈黙を挟んで、サリオン様が意を決したように話し出す。


「一緒に来て欲しい場所があるんだ」


「勿論、それは構いませんが」


「……ヴァルクの所だ」


 サリオン様の言葉を聞いた瞬間、私は無意識に身を固くした。

 その変化を、彼が見逃すはずもない。


「やはり、君も気が付いていたか」


「あ、あの、私……」


「いや、大丈夫。わざと聞かないようにしていたのは僕の方だ」


 一度深い溜息を吐くと、サリオン様は普段より力ない笑みを浮かべて私に手を差し出す。


「それでも、ケジメは付けなくてはいけない。来てくれるかい?」


 私は理解した。

 

 今回の誘拐には、やはりヴァルクさんが関係している。

 サリオン様は既にそれを把握して、これから彼と話をしようとしているのだ。


「分かりました。……行きます」


 私は緊張した面持ちで、そっとサリオン様の手を取る。

 二人は東塔の廊下を、共に歩き出した。

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