第57話 黒曜城へ帰ろう
きっぱりと決別宣言した私を、メアリーは暫し呆然と見つめていた。
やがてその意味を理解したのか、彼女の顔が怒りで真っ赤に染まる。
でも、私はくるりと彼女に背を向けた。
怒り喚く声が聞こえてきたが、もう振り返らない。謝罪もしない。
私は私の意志を、貫き通すと決めたのだ。
そして、ずっと傍で見守ってくれたサリオン様を見つめる。
彼は何処か安堵したような表情で、優しい眼差しを私に向けてくれていた。
「サリオン様、私に話をさせてくれてありがとうございました。そして――」
私は勇気を振り絞る様に自分の手を握り締めると、深く頭を下げた。
「ごめんなさい。沢山、心配と迷惑を掛けて。勝手に黒曜城を出るべきではなかったんです。それなのに、私、」
「許す!」
「えっ?」
謝罪の途中で、サリオン様の声が挟まれた。
思わず顔をあげれば、彼はにこにこと微笑んでいる。
「事情は後で聞く。だが、カナリヤが僕らを帰る場所だと思っていることが分かった。それで十分だ」
「サリオン様……」
「カナリヤ、僕の愛しい人、どうか笑って」
サリオン様の長い指が、優しく私の頬を撫でる。
その温度に、私の胸は忙しなくときめく。
「帰ろう、僕らの城へ。改めて、結婚式をしてくれる?」
彼は囁きながら、美しい紫色の瞳を細めた。
私の表情が無意識に綻び、嬉しさが溢れ出た笑みを形作った。
「はいっ!」
私の笑みに、サリオン様も満面の笑顔で答える。
そして私の身体をひょいと抱き上げると、ロイド様の方へ小さく振り返った。
「――そういうことだ。後は、お前達の好きにすると良い。僕らは帰る」
「いい加減なことをしてみろ、容赦しないぞ」
「ばいばーい」
さっさと彼らに背を向けて歩き出すサリオン様の後ろへ、ヴァルクさんとミュラさんも続く。
崩れかけた長い石畳の廊下を、サリオン様は足取り軽やかに進んでいった。
そして、出口――というよりは、無理やり開けた横穴のような場所から建物の外へ出る。
そこには、よく知る黒銀のドラゴンが待機していた。
「アウロス、あなたも来てくれたのね!」
私が声を弾ませると、アウロスは応じるように軽く翼を持ち上げた。
それから全員でアウロスの背に乗って、空へと飛び上がる。
既に夜明けが近く、朝焼けで辺りの景色は橙色に照らされている。
眼下には今まで騒動が起きていた神殿が見えた。
深く生い茂った森の中に、灰白色のくすんだ石壁が覗いて見える。
私は牢屋に囚われて、その後すぐに儀式の間に連れて行かれたから知らなかったのだが、この神殿自体かなり大きな建物だったようだ。
下手をすれば小さな集落くらいの大きさはありそうだが、半分くらいは崩落して廃墟と化していた。
(これが全てサリオン様の力……)
私は息を飲む。
中に私がいると分かっていたから、おそらくこれでも手加減をしていたのだろう。
「そういえばカナリヤ、お腹は空いていないのか?」
サリオン様の言葉を聞いて、私は思い出したように空腹感を覚えた。
人間だったときと比べて、人形になってからは必要な食事の量も減った気がする。
それでも丸一日食べていなければ、流石にお腹が減るらしい。
「……そろそろ、ババさんのご飯が恋しいですね」
「ははっ、それは良い。なら、帰ったらすぐに食事にしよう!」
快活に笑うサリオン様の指示に従い、アウロスは悠然と空を飛びぬけていく。
こうして帰路についたが、私の胸の内には不安が残っていた。
私が誘拐された経緯の中で、まだ明らかになっていないことがある。
私を城の外へと誘い出した手紙。
メアリーへ私の行動を知らせた手紙。
これらは一体、誰によって用意された物だったのか。
少なくとも私への手紙に関しては、ノクスさんの城内警備の厳重さを考えると、外部からの侵入者の仕業とは考えにくい。
そして、何より。
――あの手紙の文字は、確かにヴァルクさんのものだったのだ。




