表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/118

第33話 私の過去をお話しました(前)

 サリオン様の部屋は、静けさに包まれていた。

 私は彼の優しい眼差しに勇気を貰いつつ、ゆっくりと話し始める。


「まず、10年前に約束の場所に行けなかったのは……その日に、火事にあったからです」


「火事?」


「はい。私はあの頃、母と共に別荘で過ごしていたのですが――自室で朝の支度をしていたら、突然、大きな爆発音が玄関の方から響いて……」


 あの日のことは、数えきれないほどに夢で見て魘された。

 だから昔のことなのに、酷く鮮明に思い出される。

 私は微かに震える指先に、力を込めた。


「慌ててそちらに駆けていくと、家は炎に包まれていて、倒れている母の姿が見えました」


 それは絶望的な光景だった。

 夢であって欲しいと願ったけれど、そんな一瞬の現実逃避も許されない程に、炎と煙は容赦なく襲い掛かってきた。


「火の粉が舞って、息が出来ない程に空気が熱かったのを覚えています。何とか母の元へ辿り着いたけれど、その時には、もう逃げ場はなくなっていました」


「……カナリヤが火が怖くなった原因が、この火事か?」


 サリオン様の問いかけに、私はおずおずと頷く。


「そうです。母は、何とか息はあったのですが、もう喋ることも出来ず……。ただ、幼い私を包み込むように、守るように、抱きしめてくれました」


 母は苦しそうに、それでも優しく微笑んでくれていた。

 きっと母自身だって恐ろしかっただろうに、最期まで、私のことを一番に考え守ってくれていた。


「やがて、黒煙と熱気のせいで意識も朦朧として、私は死を覚悟しました。そうして母の腕の中で、気を失ったのです」


 サリオン様が息を飲むのが分かった。

 私は彼の顔を見ることができないまま、小さく細く息を吐く。


「次に私が目を覚ましたのは、王都にある自分の屋敷でした。10日以上も眠っていたと、後から聞かされたのです。私は右頬に大きな火傷を負っただけで、それ以外の後遺症は残りませんでした。でも、母は……」


 火事の被害は大きなものだった。

 別荘は殆ど全焼し、母も、連れていた数人の使用人たちも、みんな命を落としたという。


 そんな中、私だけが奇跡的に助かったのだ。

 ――正しく、母が私を守ってくれたのだろう。


「お恥ずかしい話ですが、そのときの経験が恐ろしく、サリオン様と過ごした記憶はすっかり忘れてしまっていたのです。だからと言って、貴方を傷つけてしまったことが、許されるはずはないと思いますが……」


 私は顔をあげて、真っ直ぐにサリオン様を見つめた。

 声が震え、身体が強張ってしまう自分を、必死に叱咤する。


「本当に、すみませんでした」


 私の謝罪を受けて、今度はサリオン様が硬直した。

 

「いや、いや……」


 彼は困ったように髪をかきあげてから、何とか言葉を探しているようだった。


「思った以上に事情が深刻で、正直、どう伝えれば良いのか分からないが……」


 やがて、サリオン様は私の手を、そっと優しく両手で包み込んだ。


「君が僕を嫌になって、約束を破ったんじゃなかった。そのことが分かっただけで、僕は十分だ」


「サリオン様」


「それより、君はその後、どうなったんだ? あまり良い暮らしをしていなかったと、ルージュたちから聞いているが……」


 サリオン様が心配そうに私を見つめる。

 私はまた少しだけ視線を下げて、思い出すように言葉を紡いだ。


「火事の後、私の生活は一変してしまいました。屋敷には、常に重く暗い空気が漂っていました。それでも、最初は父も、使用人の方たちも、私を気遣ってくれていたように思います」


 最初は、という私の言葉に何かを察したように、サリオン様が眉を寄せる。

 速く脈打つ胸の鼓動を抑えるすべもないまま、私は語り続けた。


「けれど、……ある日、父の仕事で、何かトラブルが起きたようでした。母を失った悲しみで父はずっと眠れていなかったので、その影響もあったのかもしれません。苛立つ父を前に、どうしていいのか分からず小さくなっていると、父は突然私の足元に、陶器の置物を投げつけてきたのです」


 全ての記憶はおぼろげで、曖昧だ。

 だけど、陶器の破片が粉々に砕けて飛び散っていく様子だけ、なぜかはっきりと覚えている。


「全部私のせいだと、父は叫びました。私は……、私は、どうすることもできず、ただ、謝り続けることしかできず……」


 あのとき父は、恐ろしい悪魔のような形相をしていた。

 そして同時に、悲し気な顔をしていた。

 それがあまりに苦しそうで、私は余計に、謝ることしかできなかった。


「その日をきっかけに、父も、使用人たちも、私をぞんざいに扱うようになっていきました。最初は食事の皿の数が減り、用意される衣服も粗末になっていき、掃除も自分一人でするようになり、会話もしてもらえず……」


 それでも、まだ耐えられた。

 私には母との思い出深い自室があり、母の残してくれた品々があったから。


 しかし、それすらも奪われてしまうことになる。


「そして、私が12歳になった頃でしょうか。父が後妻のエルザ様と、再婚したのです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ