第34話 私の過去をお話しました(後)
私は深く息を吐き出すと、話を続けた。
「父が再婚したエルザ様は、王都で美しいと評判の金色の髪を持つ御婦人でした。私は母の存在が消えていくようで、少しだけ寂しかったですが……。それでも、父が幸せになってくれるのならと、願っていました」
私の黒髪と赤い瞳は、母から受け継いだものだ。
義母や義妹から、「不気味だ陰気だ」と散々言葉を投げつけられて、自分の容姿のことは虚しく感じていたが――それでも母のことは、とても美しいと思っていた。
母はいつも長い黒髪を綺麗に纏めて、素朴な服を纏い、明るく微笑みながら沢山の仕事をこなす働き者だった。そんな姿がとても綺麗で、私の憧れだったのだ。
一方、父が紹介してくれたエルザ様は、高価そうなドレスを華麗に着こなして、常に煌びやかな雰囲気を漂わせていた。評判通りの美しい人だと思ったが、母とは正反対のタイプの方だと感じていた。
「エルザ様は、旦那さまに先立たれた元伯爵家の方だったようです。そしてその方との間の子供――メアリーも、私の義妹として、ヴァレンティーヌ家に入ることになったのです」
「ヴァレンティーヌ家?」
家名に反応したサリオン様に、私はハッとする。
「はい。そういえば、お伝えしていませんでしたね。元より、家を追放された身ですので……名乗る資格もないと思っていたのですが」
「追放だって? カナリヤが何をしたというのだ」
表情を険しくするサリオン様に、私は力なく首を横に振る。
実際、どうしてこうなったのかは自分でもいまだに分かっていないのだ。
「分かりません。物を盗んだと――罪を言い渡されましたが、本当に心当たりはなくて」
「当たり前だ。カナリヤがそんなことをする筈ないだろう!」
声を荒げるサリオン様に、私はきょとんとする。
それから、じわりと涙が瞳に滲んできた。
――ああ、サリオン様は、心から私のことを信じてくれている。
あの時の私も、きっと、こんな味方が欲しかったのだ。
違う、あの時だけでなくて、ずっと、ずっと。
「……ありがとうございます、サリオン様。でも、実家では、常にこういった調子だったのです」
「常に? どういうことだ?」
「義妹のメアリーが屋敷にやってきたその日に、私の部屋は彼女に明け渡されました。棚の中に残してあった母の形見の品々も、全て」
「何故だ。侯爵家の屋敷なら、部屋は沢山あっただろう」
「メアリーが私の部屋を欲しがったからです。父はエルザ様やメアリーの望みを、全て笑顔で叶えてあげていましたから。私に……抗う余地など、なかったのです」
サリオン様が、その端正な顔を一層しかめる。
ガタガタと窓枠が揺れる音が響いたが、私はその違和感には気が付かなかった。
「私には物置部屋が与えられ……、暮らしも、更に心もとないものになりました。エルザ様やメアリーが言いつけた家の仕事などを必死でこなすことで、どうにか僅かな食事を頂くような毎日でした」
「父は……、君の父親は、それを助けなかったのか!?」
「お父様は……」
私は一度、唇をぎゅっとかみしめた。
勿論、父に助けを求めようとしたことは何度もあった。けれど、
「お父様は、私の惨めな様子を、満足げに眺めていらっしゃいました」
「は?」
サリオン様が、信じられないといった表情で唖然とする。
私だって、そんな父の姿が現実だと信じたくはなかった。
義母や義妹に辛く当たられたときより、何よりも。
父から突き放された瞬間が一番心が砕かれた気がする。
「そんな家など、カナリヤの方から捨てるべきだろう。どうして逃げなかったんだ!」
怒りを思い出したように、サリオン様が声を荒げた。
私を責めたくはないが、叫ばずにはいられないような、そんな悲しい響きを持った声だった。
「逃げたいと、逃げようと、思ったことは何度もあります。でも、できませんでした。私には生きる術がなかった、というのもあります。だけど、それだけじゃなくて」
想いがぐちゃぐちゃに絡まって、息苦しい。
それでも少しずつ自分の気持ちを紐解いていき、結果、私が辿り着いたのは――
「父がこうなってしまったのは、私のせいだから……私は、家から出てはいけないと。今の生活を耐えることで、父の気が、晴れるのであればと……」
――言い終わる前に、ピシピシッと、窓枠にはめられた硝子の鋭く軋む音が響いた。
私が驚いて振り返った次の瞬間、轟音が響き渡る。
窓の外で黒い霧をまとった暴風が荒れ狂い、瘴気の森を激しく揺さぶっていた。




