第29話 幼い頃の思い出(後)
私が8歳の頃の――10年前の私たちが共に過ごした期間は、30日程だったと思う。
その最後になってしまった日、私は少年に"秘密の場所"に連れて行ってもらったのだ。
「君にだけ、特別だよ」
少しだけ大人びた顔でそう微笑むと、彼は私を空に近い丘に案内してくれた。
移動は簡易ポータルを使ってすぐだった。
魔道具にあまり詳しくなかった私にとっては、それすらドキドキする体験になった。
それから彼の背を追いかけて歩き、丘の上を目指す。
やがて目的の場所に辿り着き、辺りを一望できる景色を目の当たりにして、幼い私は目を輝かせた。
「すごい。まるで、世界を独り占めしているみたい!」
「そうだろう、そうだろう! 君なら、いつだって連れてきてあげる」
少年は得意気に笑って、胸を張った。
最初の頃の無愛想な様子は、もう微塵も感じられなかった。
仲良くなった後で聞いたのだが、彼は人に触れると傷つけてしまう体質らしく、誰とも近づかないようにしていたそうだ。
今まで心無い言葉も、沢山かけられてきたらしい。
でも、私は友達だから大丈夫だと言われた。
一緒にいるのが楽しいと言ってくれた。
それが私には、何より嬉しかった。
「あ、ねえ、もうすぐ、もっと良いものが見えるよ」
「良いもの?」
弾んだ少年の声に、私は首を傾げる。
「そう、ほら、空を見ていて!」
「空? 空って……、あっ!!」
顔をあげた私の視界に、白銀の鳥の群れが飛び込んできた。
そして私たち幼い二人は――虹色に輝く美しい翼を眺めたのだ。
そのままお喋りしたり、追いかけっこしたりしながら過ごして、あっと言う間に夕暮れの時間になった。
私はこの日もいつものように、彼と約束をした。
「また明日も会える?」
「勿論。まだ暫く、別荘にいる予定だから」
「良かった。それなら明日も、いつもの場所で」
「ええ。いつもの場所で」
「「約束だよ」」
――その約束は、果たされることは無かった。
この翌日、私の世界は焦げた匂いと悲鳴で始まった。
私の家の別荘は火事に遭い、母は亡くなり、私は大火傷を負って王都に連れ帰られた。
それからは、今までとはあまりに大きく生活が変化した。
別荘での火事は、私にとって深い傷となって残った。
だからきっと無意識に、この夏の出来事全ての記憶に蓋をしてしまったのだろう。
少年とのきらきらとした思い出も。
守ることのできなかった約束も。
そのすべてを置き去りにして。
◇ ◇ ◇
「カナリヤ、君があの時の女の子だったのか!?」
サリオン様の悲痛な声に、私は息を飲んで身を固くした。
よみがえった遠い昔の記憶が、あまりに美しく、そして重く心に圧し掛かる。
「サリオン様、私、私は――」
「どうして……」
私が何か言う前に、サリオン様が表情をくしゃりと歪ませる。
それは怒りよりも深い悲しみの滲んだ顔だった。
「どうしてあのあと、黙って居なくなったんだ!」
「それは」
「僕はずっと、ずっとずっと、君を待っていたんだ!」
「あの、私」
「君には沢山友達がいたと思うが、僕には君しかいなかったのに!」
「サリオン様――」
「一年……、ずっとあの場所に通って、君を待ち続けていたのに!!」
「……っ!!」
私は言葉を失った。
私が思っていた通り、否、それ以上に、子供の頃のサリオン様は私との時間を大事にしてくれていた。
それを私が裏切ったのだ。
どんな理由があったとしても、許されることではない。
「サリオン様、ごめんなさい。ごめんなさい、私」
「もういい! 僕は帰る。君も勝手にしろ!」
「あっ……」
サリオン様の紫色の瞳に滲んだ涙が零れ落ちる前に、彼は私に背を向けた。
そのまま、早歩きで遠くに去っていく。
「ま、待って、待ってください、サリオン様」
私は何とか声を絞り出すも、足が震えて追いかけることが出来ない。
――折角、素敵な人と巡り会えたのに。
――温かい場所を、見つけたのに。
愚かな私は、それをすべて自分で壊し、挙句に大切な人を傷つけてしまったのだ。
絶望してその場に膝を付く。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
命を落とした時よりも、よほど辛かったかもしれない。
胸の苦しみは癒えることは無く、私は一人で泣き続けた。




