第28話 幼い頃の思い出(前)
私とサリオン様の頭上を、静かに鳥の群れが通り過ぎていく。
もう虹のきらめきは見えず、白い点々としか認識できない。
「カナリヤ、どうしてあの鳥のことを知っていたんだ?」
かなり長い沈黙を挟んで、サリオン様が私に問いかけた。
私はゆっくりと、空から彼の方へ視線を動かす。
「サリオン様、私、思い出したんです。私、この景色を知っている……ここに、来たことがある」
「はは、何を言っているんだ。この場所を知っているのは、僕と、君と、それから――」
サリオン様は最初は苦笑を浮かべていたけれど、私の顔があまりに真剣だったからか、つられたように表情を硬くした。
そしてその顔に困惑を浮かべたまま、呟く。
「名前も知らない、女の子だけだよ」
自分でそう言った瞬間、サリオン様が息を飲むのを感じた。
受け入れがたい事実に辿り着いたように、紫色の目が見開かれる。
「まさか、カナリヤ。君は、"あのとき"の――」
◇ ◇ ◇
8歳の頃の私は、今と違って快活な少女だったと思う。
友達も多く、誰とでもすぐに話しかけて仲良くなろうとする子供だった。
その年の夏、私は母に連れられて北方の別荘地を訪れていた。
父は仕事の関係で、後から遅れてやってくることになっていた。
私は王都にはない自然豊かなその土地をとても気に入った。
花を摘んだり、鳥を眺めたり、一日中別荘の外に出て遊び回っていた。
そんなある日のこと、私は草影から街を眺めている一人の少年に気が付いた。
あまり見かけない銀色の髪が、お月様のように美しい子だった。
「ねえ、あなた、何をしているの?」
私が声をかけると、その少年はびっくりして振り返った。
それから怖い顔をして、私のことを睨みつけた。
「何でもないよ、あっち行け!」
「どうして?」
「どうして、って。……一緒にいたくないからだよ!」
「あなた、街に行きたいの? 案内しようか?」
「おい、僕の話を聞いていたか?」
「聞いていたけど、困っているみたいだったし」
「そうだとしても、お前には関係ないだろ!」
「でも、放っておけないわ」
しつこく話しかけていると、少年はぷんぷんと怒った様子で、街から離れた方向に歩いて行く。
私は不思議そうに首を傾げながらも、その後を付いて行った。
「……どうして、付いてくるんだよ!」
少年は歩き続けながら、振り返ることなく私に怒鳴る。
「ふふふ。だって暇なんだもの」
「子供に付き合っている時間はないんだ!」
「あなただって、子供じゃない」
「うるさいな。僕はただの子供じゃないんだぞ。僕は――!」
急に足を止めて振り返った少年に合わせて私も歩みを止め、彼をじっと見つめる。
その言葉の続きを待ったが、語られることは無かった。
「ああもう、なんでもない。とにかく、向こうに行けよ」
「ねえ、良いことを思いついたわ。お友達になりましょうよ!」
「とにかく僕は一人で――え、ええっ、友達だって!?」
「そう、駄目かしら?」
「な、なりたい……けど、駄目に決まってるだろ!」
「どうして?」
「どうしてって、僕が化け物だからだよ!!」
声を荒げる少年に、私は不思議そうに首を傾げた。
「怪獣ごっこがしたいの?」
「違う、そうじゃなくて――ああもう。とにかく駄目なんだ、僕に、僕に近づいちゃ」
「近づいちゃ駄目なの?」
「そうだよ。危ないんだ!」
「なら、近づかなければお友達になれる?」
「ええっ……、そ、そんなこと」
「できるわよ。ねっ?」
そう言いながら私が一歩近づくと、少年は同じように一歩後ずさった。
「うわあああっ!? それなら、約束してくれ! 絶対、今の距離以上、僕に近づかないこと」
「分かったわ。約束する! あなた、名前は?」
「僕? 名前、名前は……言っちゃ駄目って、言われてる」
「そうなの?」
「やっぱり、変かな。変だよね……」
「良いじゃない。そういうのも楽しくて。なら、私の名前も秘密ね?」
暗い顔をする少年に、私はくすくすと笑いかける。
すると少年も目を瞬かせてから、にっこりと笑った。
私はこの風変わりな友達のことを、すぐに大好きになった。
こうして私たちは毎日、待ち合わせをして一緒に遊ぶようになったのだ。




