第27話 空に近い丘でピクニック
2回目のデートの日、サリオン様は夜空みたいな紺色のジャケットを羽織って現れた。三つ編みにされた銀の長髪が映えて、美しい。
そんな王子様然とした姿に私が見惚れていると、彼は悪戯っぽく囁いた。
「今日は、僕の秘密の場所に連れて行ってあげる」
「秘密の場所……ですか?」
「そう。カナリヤだから、特別だよ」
細められた紫色の瞳に、どきりとしてしまう。
彼が前に挙げた場所と言えば――毒の沼、溶岩温泉、食人植物群生地、となかなか個性的だった。
しかし、もはやそのいずれであっても許容せざるを得ない麗しさが、今日のサリオン様にはあった。
「は、はいっ。楽しみです」
私は覚悟を決めて頷いた。
そもそも、サンドイッチデートを望んで、それを叶えて貰っているのだ。
ならば彼の行きたい場所を、私も受け入れるべきなのである。
「それじゃ、カナリヤは目を瞑って」
「え?」
「到着してからのお楽しみにしたいんだ。だから、目を閉じていて」
「分かりました」
サリオン様の笑顔に促されて、私は目を閉じたまま、黒銀のドラゴン――アウロスの背に揺られることになったのだった。
◇ ◇ ◇
サリオン様と会話を交わしつつ、アウロスはニ十分程度で目的の場所に到着したようだった。
地上に降ろされた私は、ここが何処か推測しようと耳を澄ませてみる。
静かな場所だった。
聞こえてくるのは微かな風のざわめきだけだ。
「良いよ、目を開けてみて」
声を弾ませるサリオン様に従い、私は目を開けた。
「わあっ」
思わず感嘆の声が零れた。
眼前に広がっていたのは、緩やかな斜面の続く広く静かな丘だった。
草は風に揺れ、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
周囲には高い木々も建物も無く、空がすぐ手の届くところまで迫っているようだった。
どこまでも透き通った青空と、肌を撫でる柔らかな風。
胸いっぱいに吸い込む空気は甘いほど澄んでいて、思わず深呼吸してしまう。
「とても……とても綺麗で……」
――何故か、酷く懐かしい気がした。
けれど、それはおかしな感想だと思ったから、言葉を呑み込む。
「ここは、僕が子供の頃によく遊びに来ていた場所なんだ」
「子供の頃に?」
「とっておきの場所で、リュミエやヴァルクにも教えていない。でも、カナリヤには教えてあげる」
サリオン様がバスケットを片手に持ち、もう片方の手で私の手を取り、歩き出す。
「さあ、行こう。少し進んだところが、一番見晴らしが良いんだ」
「はいっ」
私は微笑んで、彼の後に続く。
少し進んだ丘の上には、古い一本の大樹が立っていた。
枝葉がそよぎ、葉が日光を反射して金色の粒のように揺れている。
その木の傍に敷物を広げて、私たちは腰を下ろした。
「まるで、世界を独り占めしているみたいですね」
広大な景色を見て呟いた素直な感想に、サリオン様は驚いた顔を見せた。
「サリオン様?」
「ああ、いや、何でもない」
私が首を傾げると、サリオン様は小さく肩を揺らして空を眺めた。
「昔、同じ言葉を聞いたことがあった気がしただけだよ」
「昔……サリオン様は、どんなお子さんだったんですか?」
「僕か? はは、今とあまり変わらない。ずっと、……ずっと、黒曜城で、魔物たちに囲まれて」
軽い調子の彼の言葉には、何とも言えない寂寥感が滲んでいた。
私が答えに詰まっていると、今度はサリオン様が問いかけてくる。
「カナリヤはどんな子供だったの?」
「え、私ですか? 私は――」
無意識に、右頬に残る火傷の跡に指が伸びた。
この火傷の原因となる火事が起こる前は、母が生きていたころは、幸福に満たされていた気がする。
だけど、もう殆ど思い出せない。
そして母が死んでからの人生は、苦難の連続でしかなかった。
上手く答えられず俯いてしまった私を、サリオン様が抱き寄せた。
「……まあ、どんな子供だったとしても、カナリヤはカナリヤだ!」
優しく、全てを包み込んでくれるような笑顔で、サリオン様は言う。
「それに楽しい思い出は、これからいくらでも作れば良い」
彼の明るい前向きな言葉に、私は目を細めた。
「ふふ、そうですね」
「丁度もうすぐ、良いものが見られるよ。お昼になると、この丘の空にはね――」
サリオン様の声を合図にするように、真っ青な空の遠くから、一列に並んだ白い影が近づいてくる。
よく目を凝らせば、それは光を反射する白銀の羽を持つ鳥の群れだった。
「綺麗……」
「凄いのはこれからだよ。よく見ていて」
私たちは並んだまま空を仰ぐ。
近づいてくる鳥の群れは、優雅に弧を描いていく。
そのとき不意に、私の脳裏に、浮かび上がった映像があった。
遠い記憶が呼び覚まされるような、説明のつかない感覚に襲われる。
――ああ、私は、この先を知っている。
――この光景を、見たことがある。
「まるで、虹みたいに」
ぼそりと呟いた私へ、サリオン様が驚愕の眼差しを向けた。
その後、私たちの頭上を通り過ぎていく鳥たちの翼は、陽光を受けて確かに虹色にきらめいていた。




