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第24話 刺繍の思い出

 初めてのデートを終えて数日が経ち、私は黒曜城での暮らしにも少しずつ慣れてきた。


 サリオン様からは、城では自由にのんびり過ごせば良いと伝えられた。

 しかしそれも落ち着かないので、雑務を手伝わせて貰っている。


「ホールの飾りつけが終わりました。こんな感じでどうでしょう」


「わーっ、凄いです、綺麗です!」

「お上品です!」

「こんなに素敵なの初めてです!」


 黒曜城にはさまざまな古い置物や絵画が保管されていた。

 ただ、魔物さん達はあまり興味がなかったのか、殆ど飾られたりはしていなかった。


 そこでリュミエさんの許可を得て、使えそうなものを手入れし、ホールを彩ってみることにしたのだ。


 少しだけ雰囲気が明るくなった玄関ホールに、三人の小さなメイドさん達――ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんが歓声をあげてくれた。


「城の広間などのお掃除は、いつも陛下のお人形さんが行ってくれていました。でも、こういった場所の飾りつけの仕方は、よく分からなくて」


 満足そうにホールを一周して戻ってきたルージュさんが、にこにこと微笑む。


「こんなに綺麗になって、陛下もきっと喜ぶと思います」


「そうですね。サリオン様が喜んでくださったら、私も嬉しいです」


 サリオン様は魔石の管理などの仕事で、主に城の西塔で一日を過ごされている。

 危険だからという理由で、私は西塔には立ち入らないようにと告げられていた。


 それでも食事の時間には顔を合わせて、二人一緒に言葉を交わした。

 この食事の時間は、私にとっても一番の楽しみになっていた。


「カナリヤ様、ホールのお仕事も終わりましたし、お部屋に行きましょう!」


 声を弾ませるルージュさんに、私は頷く。


「はい、そうですね。では、今日も皆で"刺繍"をしましょうか」


「わーい!」

「やった!」

「頑張ります!」


 嬉しそうに廊下を駆けていく三人のメイドさん達に、私は目を細める。

 仕事が終われば私の部屋で、皆に刺繍を教えるのが恒例になっていた。


◇ ◇ ◇


 自分の部屋に三人を連れて戻ってくると、私はテーブルの上に大きな裁縫箱を置いた。

 木製で綺麗な細工の施されているその裁縫箱は、リュミエさんが用意してくれたものだ。


 四人で席に着くと、道具を取り出して、私たちは各々で刺繍に取り掛かった。

 

「そうそう、上手ですよ。ここに糸をかけて、くるっと回して――」  

 

 時折、三人に声を掛けながら、少しずつ作品を仕上げていく。

 ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんはとてもよく似ているけれど、数日間接することで、それぞれ少しずつ性格の違いが分かるようになってきた。


 ルージュさんはしっかり者で、みんなのまとめ役。

 今はババさんに、大釜の柄の刺繍を作っている。


 ブルーさんはのんびり屋さんの甘えん坊。

 自分用に、リボンの形の刺繍を作っている。


 ジョーヌさんは明るい性格で、武術にも興味があるみたい。

 尊敬しているヴァルクさんに、槍の柄の刺繍を作っているそうだ。


 みんなを見守りながら私も針を進めていると、ルージュさんが声をかけてきた。


「カナリヤ様は本当に刺繍がお上手ですね。それに速いです。ずっと練習されていたんですか?」


「そうですね。幼い頃に母に教えて貰ってから、もう十年以上になります」


「お母様ですか、素敵ですね。どんな方だったんですか?」


「ふふ、ありがとうございます。母は、とても優しく、温かく、そして強い人でした」


 私は遠い昔を思い出しながら、懐かしさに目を細める。


「いつも真っ直ぐに生きて、家族を愛し、弱い人でも決して見捨てないような、そんな人でした」


 色々なことがあり過ぎて、具体的な母との思い出は、もう断片的にしか覚えていない。

 それでも目を閉じればいつだって、母の温かい笑顔がよみがえってくる。


 刺繍だって、まだ早いと言われたのに、私が何度も強請って母に教えて貰ったのだ。

 上手く糸をつむげない私を、母は何度も励まし、裁縫の楽しさを教えてくれた。


「なんだか、まるで――お母様は、カナリヤ様のような方なんですね!」


「えっ!?」


 ルージュさんの言葉に私は驚いて顔をあげた。


「そ、そんな。私はまだまだですよ」


「そうですか? でも、カナリヤ様は優しいです!」

「それに、温かいです!」

「お仕事も一杯頑張って、強いです!」


「あらあら……」


 三人から口々に褒められて、私は頬を緩ませた。

 今までだったらすぐに否定してしまっていたかもしれない。


 でも、黒曜城で穏やかな生活を取り戻していくうちに、私は少しだけ、自分を認めてあげられるようになっていた。


「ありがとうございます。それならこれから、もっと沢山頑張りますね」


「あ、でも無理は駄目ですよ!」

「ババ様も、カナリヤ様の働き過ぎを心配していました!」

「ジョーヌたちのことも頼りにしてください!」


 心配してくれる三人にくすくす笑いながら私は頷く。

 

「勿論です。いつも頼りにしていますよ」


 私の言葉に目を輝かせて誇らしげな顔をした後、ルージュさんが私の手元を覗き込んだ。


「カナリヤ様の刺繍は、もうすぐ完成ですか?」


「はい。あとはこの縁取りを終えれば」


「ちゃんと陛下には内緒にしていますからね」


「そうですね。サプライズです」


 私はサリオン様への贈り物として、ハンカチに刺繍を施していた。

 彼を思わせる紫と銀の糸でレースのように縁取りをして、角の所には林檎の絵柄を入れてある。


 次のデートで渡すことが出来れば良いなと、密かに思い描いていた。


「サリオン様が林檎がお好きなのは驚きました」


「陛下は昔から、よく好んでい食べられていましたね」


「他にはどんなものがお好きなんでしょう」


「そうですね、白身魚の――」


 刺繍しながら話に花を咲かせていると、自室の扉をノックする音が響いた。


「カナリヤ様、リュミエです。ババより、サンドイッチの材料が揃ったとの伝達がありました」


「本当ですか。嬉しいです、すぐに行きます」


 私たちは一度刺繍を片付けると、わくわくしながら厨房へ向かうのだった。

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