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第23話 次のデートの"約束"は

 私とサリオン様は黒銀のドラゴン――アウロスの背に乗って空を飛び、ゆっくりと黒曜城へ帰路につく。

 景色は夕日で茜色に照らされ、穏やかな風が髪を撫でていた。


「どうだい、カナリヤ。僕とのデートは楽しかったか?」


「はい、とても。初めてのことが沢山で、忘れられない一日になりました」


 私の言葉を聞いて、サリオン様が嬉しそうに目を細める。

 どこか幼さも残るその笑顔を、何故か懐かしく感じた。


「それは良かった。まだまだ、君を連れて行きたい場所は沢山あるんだ」


「本当ですか?」


「ああ。まず、西の遺跡の傍にある毒の沼」


「えっ!?」


「それから、真っ赤な溶岩の吹き出す温泉地」


「わっ、わあ!」


「あとは、人食い植物の群生地も楽しそうだ」


「人食い植物……!?」


「カナリヤは、次は何処に行きたい?」


 キラキラした瞳で問いかけてくるサリオン様に、私は硬直した。

 善意しかないのは伝わってくるのだが、選択肢が全て極端すぎる。

 

「ええと、そ、そうですね……」


 この中で、一番、安全そうなのはどこだろう。私は必死に頭を働かせる。

 サリオン様と一緒だから危険な目にはあわないと思う。

 だが、それはそれとして、私の心臓が耐えられるかという問題があった。


 俯き、考え込んで黙ってしまった私を、サリオン様はじっと見つめる。

 それから、困ったように口を開いた。


「カナリヤ……もしかして、僕の提案した場所は、好みに合わないか?」


「えっ。い、いえ、そんなことは……」


 しょんぼりと悲し気な表情のサリオン様に、私は慌てた。

 なんとか挽回したいのだけど、良い言葉が思いつかない。


「もしかして、今日も、無理をさせてしまったか?」


 躊躇いがちにそんな風に呟くサリオン様に、私は勢いよく顔をあげる。

 

「そんなことありません!」


 それは気遣って作った台詞ではなく、心からの言葉だった。


「本当に楽しかったです、とても。こうして空を飛ぶのは初めてでしたし、瘴気の森も、魔石の洞窟も、凄く綺麗でした。本の世界に入り込んだみたいに、幻想的で――」


 精一杯の感謝を込めてそう伝えた後、小さな声で私は付け足した。


「ただ、確かにアウロスの急旋回は驚きましたし、盗掘団と戦闘が始まったのは少し怖かったです。でもそれも含めて、良い思い出です。今日はとても、素敵な一日でした」


 表面的な賛辞の言葉よりも、本心の方がサリオン様には伝わる気がした。

 私の本音も、サリオン様なら受け止めてくれる気がしたから。


「今日はありがとうございました、サリオン様」


 微笑む私を、サリオン様がじっと見つめる。

 二人の頬が夕日に照らされて、少しだけ淡く染まっている。


「ああ、良かった。僕は、きっと普通の人間とは少し感覚が違うから」


 囁くサリオン様の瞳に、一瞬だけ孤独の影が落ちる。


「君のことを教えてくれると嬉しい。これからも、沢山」


「はい、勿論です」


 私は彼の手に自分の手をしっかりと重ねて、目を細めた。

 

 サリオン様は確かに、普通の人間とは違い過ぎている。

 でも、それは一度死んで蘇った私だってきっと同じ。


 ――寄り添えば、分かり合えると信じて、願う。


「そうだ! 次はカナリヤのしたいことをしよう」


「えっ、私のしたいこと、ですか」


「ああ。行きたい場所でも、やりたいことでも、何かないか?」


 問われて私は言葉に詰まってしまった。

 好きなことと言えば刺繍だけど、サリオン様と一緒にチクチクするわけにもいかないし。


 実家にいる時は自由時間は殆どなく、そのわずかな時間も刺繍に費やしていた。

 だから、他に好きなことが思いつかない。


「うーん……、あっ」


 一生懸命に頭を回転させていると、不意にひとつだけ思いついた。


「サンドイッチ」


「サンドイッチ?」


 サリオン様が不思議そうに、私の零した単語を繰り返す。


「はい。遠い記憶なのですが、幼い頃、母がサンドイッチを作ってくれて、よくピクニックをしていたような――」


「良いな、それをしよう!」


 私が言い終わるより前に、サリオン様は乗り気な様子で頷く。


「本当ですか?」


「ああ。帰ったら、すぐに城の者に伝える」


「ありがとうございます。楽しみです」


「数日もすれば準備できるだろう」


「私もできることはお手伝いしますね。料理は得意なので」


「そうか、楽しみだな。"約束"だぞ?」


 サリオン様が小指を差し出してくる。

 その仕草に私は何故かドキリとしたが、そのまま自分の小指を絡めた。


「はい、"約束"です」



 ――なぜだろう。何か、とても大切なことを忘れているような。



 胸の中に落ちた小さな違和感の正体がつかめないまま、アウロスは黒曜城へと帰還した。

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