第20話 魔石の洞窟(後)
魔石の鉱山は、深い洞窟のようになっていた。
一歩中へ足を踏み入れた瞬間、空気がひんやりと変わる。
私は暗がりの中を、サリオン様の手を頼りに進んでいく。
少し歩いて開けた場所まで行くと、まるで地底に隠された夜空――そう形容するしかない光景が広がっていた。
「綺麗……」
壁面や天井、そして足元までも、青白い燐光を宿した魔石が"花のように"咲いている。
光は一定ではなく、呼吸するみたいにやわらかく明滅し、周囲を淡く照らしていた。
「どうだ、気に入ったか?」
私の様子を見て、サリオン様が誇らしげに胸を張っている。
「ええ、とても。まるで、光のお花畑にいるみたいで」
その神秘的な美しさに感嘆の息を零しつつ、私は近くの岩肌に露出している魔石に顔を近づけた。
透き通る水晶のような見た目のその石は、内側から柔らかな光を放ち続けている。
「触ってみても大丈夫だぞ」
「えっ、平気なんですか?」
「問題ないとも。カナリヤは、魔石がそもそも何に使われるかは知っているかい」
「確か――大地の瘴気を浄化するのに使われるんですよね」
「そう。魔石は瘴気を吸い取ることができる。その性質を利用して、人間は大地を浄化し、自分たちが住める環境を作り出しているのだ」
「だから、とても貴重なものなんですよね」
「そうらしいな」
サリオン様はくすりと笑うと、優しく私の手を掬い取って、そっと魔石の上に重ねた。
二人の手が青白い光に照らされて、影を濃くする。
「つまり魔石の原石は、無害なものだ。何ともないだろう?」
「は、はい。平気でした」
私は魔石を見つめていた視線を、ちらりとサリオン様の方へ向ける。
間近で寄り添いながら私を見守ってくれる横顔に、どきりとしてしまう。
元々端正な彼の顔立ちが、淡い燐光の中で、より儚く美しく見えた。
「そうだ、面白いものを見せてあげる!」
サリオン様は不意にそう告げて、ジャケットの内ポケットを探り始める。
そして取り出されたのは、クルミ程の大きさの真っ黒な丸い石だった。
「サリオン様、これは?」
「これは、瘴気を吸い取った後の魔石だ」
「えっ、こんな風になるんですか!? というか、どうしてサリオン様が、そんな物を……」
瘴気を浄化した後の魔石は、とても危険で取り扱いが難しいと聞いたことがある。
普通の人間と違って、サリオン様は瘴気に触れても問題はないようだけど、それにしたって危なくはないのだろうか。
気軽に取り出された黒い石を心配そうに見つめる私に、サリオン様は軽い調子で笑う。
「瘴気を浄化した後の魔石は、昔は聖堂に厳重に保管され、時間をかけて処理していたらしい。だが最近は瘴気の流れが活発で、その方法では間に合わなくなったらしくてな」
黒い石を胸元に掲げながら、なんてことはないように彼は言った。
「何年前からだったか、今は僕がその管理を任されているのだ」
「サリオン様が?」
「ああ。僕にとって瘴気はむしろ魔力源のようなものだし、魔物たちの栄養にもなる。だから年に数回、王都に呼ばれては、瘴気を吸収した魔石を引き受けて帰るのだよ」
「そんなに重要なお仕事をされていただなんて」
私は目を丸くした。
彼の言葉が本当ならば、この国はサリオン様のおかげで保たれているようなものだ。
魔石が管理出来ずに瘴気の沈静化が不可能になれば、人間は生きてはいけないのだから。
「私、何も、知りませんでした……」
ノースフェル辺境伯が国の重要な防衛をおこなっているという噂は聞いていたが、それどころの話ではない。もっと国民に広く知られても良い筈の功績なのに。
きっとこのことを知っているのはごく少数の人間だけなのだろう。
彼の素性を考えれば、大々的に喧伝できる話ではないのは分かる。
それでもサリオン様の仕事が無にされているような心地がして、私は何だか悔しかった。
「良いよ。別に僕は褒め称えられたい訳じゃない。人間に感謝されたところで、どうせ触れることすらできないのだから」
俯く私を宥めるように告げるサリオン様は、本当に何も気にしていない様子だった。
ただ、その言葉に、どこか深い諦めと線引きを感じて、私はとても苦しくなる。
「王都に行くのは楽しいし、たまに面倒なことはあるけど、大した労力でもないし――」
「それでも、凄いことです」
「へっ?」
私は気づけば、黒い石を握るサリオン様の手を、自分の両手で包み込んでいた。
「サリオン様は偉いです。普段、関わることのない人間の――私たちの為に、長い間、沢山働いてくださっていたんです。感謝されたい訳じゃなくても、私がお礼を言います」
ぽかんとした表情を浮かべるサリオン様を、私は真剣な顔でじっと見上げた。
「ありがとうございます、サリオン様」
「えっ、あ、……」
一拍の間をおいて、サリオン様の表情が狼狽え始めて、頬に薄く朱がさした。
彼は少し困ったように視線をぐるりと一周させてから、はにかむ。
「どういたしまして。……参ったな、自分の仕事を自慢するつもりじゃ、なかったんだけど」
普段、自信満々に振舞っているサリオン様が、苦笑を浮かべる。
彼は裏表のない人だ。
本当に、黒い魔石を見せてくれたかっただけなんだろう。
「分かっています。それでも、褒めますし、お礼も言います」
「そんなに褒められたら、これからも仕事、真面目にやらなければいけないね」
「ふふ、そうですね。頑張ってください」
「うん、頑張る」
私たちは微笑みあう。
サリオン様は黒い魔石を仕舞い直し、もう一度私に手を差し出した。
「それではもう少し、この辺りを散歩しようか」
「はい、是非」
穏やかな心地よい空気が流れた、その時だった。
――ガタガタンッ!
鉱山の洞窟の奥から、大きな物音が響いた。
私が息を飲んだ瞬間には、サリオン様が庇うように私を抱きしめていた。




