第19話 魔石の洞窟(前)
黒銀のドラゴン――アウロスは、サリオン様と私を乗せて、ゆっくりと空へ舞い上がった。
「わあ、凄い景色……」
少しずつ遠くなっていく地上の景色に私は息を飲む。
先程は周りを見渡す余裕も無かったが、今度は空の旅を楽しむことが出来た。
「良い眺めだろう? ほら、あれがセリオン川。そこから山を二つ越えれば、アリスティアの街が見える」
「空の上からだと、こんな風に見えるのですね。木も、家々も、とても小さく見えます!」
馬車だと数日はかかりそうな道のりを、アウロスは一瞬で飛び抜けていく。
次々と入れ替わっていく眼下の光景に、私は感動で胸がいっぱいになっていた。
「夜になると、もっと綺麗なんだ」
「夜? もしかして、お月様やお星様に手が届くのですか?」
私の言葉に、サリオン様が一瞬、きょとんとする。
それから楽しそうに笑って、私を抱きしめる腕に力を込めた。
「いや、夜には街の灯りが綺麗に見えるんだ。月や星は、この空よりずっと遠くにある。残念だけど、触ることは出来ないよ」
「そ、そうだったんですね。ごめんなさい、私、知らなくて」
「構わないよ。僕も子供の頃、月を追いかけて空の上を目指して、リュミエに窘められたことがある」
「サリオン様もですか?」
「ああ。だが、空の月には届かないが、月みたいに輝くものがこれから見られるよ」
「輝くもの……?」
「ほら、見えてきた! あの森の奥にある岩場が――魔石の鉱山だ」
「……っ!」
魔石の鉱山、というサリオン様の言葉に、私はぎゅっと身を固くした。
確か魔石の発掘は、元勇者の家系であるフレアリス侯爵家の専売事業――ロイド様の実家の稼業であることを思い出したからだ。
「カナリヤは魔石を見たことはあるか?」
「いえ、直接は。貴重なものですから。昔、母から話を聞いたことはある気がするのですが、よく覚えていなくて」
「そうか。なら、きっと感動するよ。とても綺麗なんだ。カナリヤが気に入ると思う!」
「は、はい。楽しみです……!」
にこにこと嬉しそうに話すサリオン様に、私は曖昧に笑みながら頷いた。
――正直な所、魔石の鉱山には少し抵抗感がある。
素直に事情を話せば、きっとサリオン様は怒らず理解してくれると思う。
でも、ロイド様のことをなんと伝えれば良いのだろう。
そもそも、私は自分が死んだ経緯すら、サリオン様に何一つお伝えしていないのだ。
悩んでいる間に、私たちは鉱山に到着してしまった。
「ここはまだ、採掘が行われていない天然のままの鉱山なんだ。だから、ゆっくり二人で見て回れる」
アウロスを岩場の入口に着地させたサリオン様は、私を抱えたまま地上へ飛び降りた。
「他に誰もいないということですか?」
「ああ。人間にとっては、ここは僻地過ぎるらしい」
サリオン様の言葉に、私は少しだけ安堵した。
人の手が入っていない場所なのであれば、ロイド様やその関係者の方と顔を合わせる可能性はない。
「サリオン様は、ここにはよく来るんですか」
「時々な。アウロスの散歩にも丁度良い距離だから」
サリオン様の声に応えるように、黒銀のドラゴンは緩く羽を揺らした。
仲良しなその様子に、私はくすりと笑みを零す。
――不安な気持ちがゆっくりと溶けていく。
心配のしすぎかもしれない。
それに、私はきっと、色々なことが重なって臆病になり過ぎてしまっている。
折角、サリオン様が連れて来て下さったデートなのだ。
今はとにかく楽しもう。
「さあ、こっちだ。行こう、カナリヤ」
「はい、サリオン様」
私を地上へ丁寧に降ろして、サリオン様が腕を引いてくれる。
その背中を見つめつつ、私は目を細めた。




