第18話 魔王の力と瘴気の森(グリムフォレ)
「どうだい、我がアウロスは速いだろう!」
「は、はいっ……、とっても……!」
黒銀のドラゴン――アウロスの背に乗って、私とサリオン様は風のように空を飛んでいく。
実を言うと速すぎて、くらくらと眩暈がしてきた。
だけどサリオン様があまりに楽しそうなので、私は必死に笑顔を作って同調した。
彼は私の為に頑張ってくれているのだ。
辛そうな所を、見せる訳にはいかないと思った。
「よし、もっと凄いことしてあげる」
「えっ?」
「しっかり、つかまっていてね。行くよ!」
――次の瞬間、比喩ではなく、世界が回った。
「ひぅ……!?」
こらえきれなかった悲鳴が零れる。
ドラゴンはサリオン様の命令で、ぐるぐると旋回を始めたらしかった。
「あはははっ、楽しいなぁ!」
無邪気なサリオン様の姿を視界に収めつつ、私は意識が遠のいていくのを感じた。
「え、ええ、勿論です、楽し、楽しい――……」
「あれ、カナリヤ? カナリヤーっ!!」
慌てるようなサリオン様の悲鳴を聞いたのを最後に、私は気を失った。
◇ ◇ ◇
黒い霧が満ち、背の高い木々が見下ろす森の中、私はドラゴンの背の上で目を覚ました。
「……はっ」
「カナリヤ、良かった。気が付いたか!」
ぼんやりと目を開けると、安堵した表情のサリオン様の姿が見える。
彼は私に手を翳していて、そこから黒い光が注がれていた。
一見すると禍々しくもあるけれど、それはとても温かい光だった。
「ここは……」
「黒曜城の近くの瘴気の森だ。カナリヤが倒れてしまったから、慌てて着地したんだよ」
「そうだ、私ったら。ごめんなさい、サリオン様」
私はようやく気絶した経緯を思い出して、謝罪する。
サリオン様を喜ばせたかったのに無理をして、結局、迷惑を掛けてしまった。
「いや、大丈夫だ。蘇ったばかりだし、疲れていたのだろう?」
「え? あ、あの、ええと」
これだけお世話させてしまったのに、サリオン様は気を悪くした様子ひとつ見せず、優しく私を見つめてくれている。
そんな彼の温かさを嬉しく思う。
だが、だからこそ余計に、今回の原因をきちんと伝えなくてはいけないと思った。
「疲れていたのも、あるのですが」
胸が痛むが、必死に勇気を出す。
大丈夫、きっと、サリオン様ならば分かってくれる。
「その、私には、ドラゴンの旋回は……少し、刺激が強くて……」
同じことを繰り返して、また迷惑や心配を掛ける訳にはいかない。
言葉を選びながら伝えると、サリオン様は驚いたように目を見開いた。
「あれが辛かったのか!?」
それから彼は、しょんぼりと落ち込んだように肩を落とした。
「すまない。僕は、どうにも他の者より頑丈だから、加減が分からないのだ」
「いえ、私も、耐えられるかと思って我慢してしまっていたので……」
暫くの間、沈黙が流れる。
折角のデートなのに、気まずくなってしまっただろうか。
やはり、本当のことは言わない方が良かったのかもしれない。
ぐるぐると俯いて考え込む私の頭上から、明るいサリオン様の声が響く。
「だが、言って貰えて良かった。次からは気を付ける。ありがとう、カナリヤ!」
「えっ……?」
「ん?」
彼は既に気落ちした様子はなく、にこにこと笑っていた。
「あ、は、はいっ。どういたしまして、です」
そんなサリオン様の明るさに救われて、私も思わず笑顔になった。
もやもやとした気持ちが晴れて、心が洗われていく心地がした。
ゆっくりと身体を起こすと、傍らにいたサリオン様が支えてくれる。
私は、ふと先程の彼の行動が気になった。
「そういえば今更なのですが、サリオン様は何をされていたのですか? あの、黒い光のようなものは」
「ああ、あれか。僕の魔力を送っていた」
「魔力を? そんなことが?」
私は驚いて首を傾げる。
魔力自体は人間でも、主に高位貴族の一部が所持していて、特定の魔法を使うことが出来た。
――例えばロイド様は、その中でも特に優れた魔法の使い手だ。
だけど、魔力を他へ分け与えるというのは聞いたことが無かった。
これも魔王の魂を持っているという、サリオン様の特別な力なのだろうか。
「魔物は瘴気から栄養をとると言っただろう。僕はどれだけ試しても、結局、瘴気を生命の糧にすることは出来なかったが――」
サリオン様はドラゴンの背の上で立ちあがると、右手を前に出した。
暗緑色の森はざわめくように共鳴し、チリンチリンと鈴のような音を鳴らしながら、青白い燐光が無数に舞い上がる。それはふわふわと、サリオン様の掌へと集まっていった。
「瘴気から魔力を得ることは出来るらしいと分かった。同じように、他へ分け与えることも。まあ、誰にでもとはいかないがな。僕と近しい魔物や人形たち相手ならば、という感じだ」
霧に覆われた森の中、青白い光に照らされたサリオン様は、酷く儚く幻想的に見えた。
「綺麗……」
私は思わず呟き、そして同時にぞくりとした。
サリオン様が瘴気から魔力を得ることが出来るのならば――この世界に無数に広がる瘴気の森を鑑みれば、彼の魔力量は正しく無尽蔵ということになる。
彼は一体、どれ程の力を、運命を、背負ってこの世に生まれてきたのだろう。
「綺麗? カナリヤは、綺麗なものは好きか?」
私の呟きを拾い上げたサリオン様が、無邪気に笑う。
その掌におさまる膨大な魔力の塊にも、無頓着な様子で。
「はい、綺麗なものは、好きですよ」
「そうか。それなら、良い場所がある!」
ぱちん、と彼が手を叩くと、青白い光は霧散して消えていった。
私がそれを少し残念に惜しむ間もなく、サリオン様は私を抱き寄せる。
「よし、すぐに行こう。出発だ」
「わわっ。は、はいっ!」
ドラゴンの手綱を握り締めたサリオン様は、それから少しだけ間をあけて、こう付け足した。
「……安心してくれ。今度は、安全飛行にする」




