第17話 黒銀のドラゴンの背に乗って
死んだはずの私はサリオン様に拾われて蘇り、黒曜城で暮らすことになった。
彼は私を"お嫁さん"にすると言っているけれど、どこまで本気なのだろう。
◇ ◇ ◇
サリオン様とのデートの日、私は淡い水色のドレスを身に付けていた。
昨日の桃色のドレスは本当に素敵だったし、同じものを着ようと思っていたのだが「折角、沢山ドレスがあるのです。着ない方が勿体ないです!」というルージュさんたちの主張に頷いてしまったのだ。
朝の支度を終えて案内された石畳の奥、広場の真ん中には、大きな翼を広げた黒銀のドラゴンが待っていた。
私が姿を現した途端、サリオン様が駆け寄ってくる。
「カナリヤ、おはよう! 昨日はよく眠れた?」
「はい。温かい部屋で、とてもゆっくり休ませて頂きました」
「それは良かった。本当は部屋に遊びに行こうかと思ったのだが、カナリヤも疲れているだろうからとリュミエに止められていたのだ」
「ええっ!?」
まさか、私の知らないところでそんなやりとりが行われていたとは。
――でも、リュミエさんが止めてくれて本当に良かった。
サリオン様が自室に訪れていたのなら、きっと私は、緊張して一睡もできていなかった気がする。
「陛下、昨日も申し上げましたが……。淑女の部屋に、気軽に殿方が顔を出すものではありません」
ドラゴンの影から、リュミエさんとヴァルクさんが姿を現した。
一緒に広場で待っていてくれたのだろう。
「何故だ、カナリヤは僕のお嫁さんだぞ!」
「カナリヤ様から了承は得たのですか?」
「……?」
リュミエさんの溜息交じりの言葉に、サリオン様はきょとんと不思議そうな顔をする。
「了承?」
そのまま端正な顔が私の方を見つめて、首を傾げた。
今の今まで、「結婚するには相手の了承が必要だ」という発想がなかった人の顔をしている。
――サリオン様にきっと悪意はない。
彼は生まれながらに魔物さん達から尊重され、実際に高貴な方だった為、たぶん色々な感覚がずれているのだろう。
「カナリヤは僕と結婚するのが嫌なのか?」
改めて間近で真っ直ぐ見つめながら問いかけられて、私はドキドキしてしまう。
助けを求めるようにリュミエさんへ視線を向けたが、彼女は曖昧に微笑むだけだ。
「え、ええと、嫌では、ないのですが……あまりに突然のことで、その」
何とか素直な気持ちを口にしてみたのだが、我ながらはっきりとしない。
こんな言葉で納得して貰えるのだろうか。
おそるおそるサリオン様を見やると、意外にも彼は嬉しそうに笑っていた。
「――嫌ではないのだな、良かった!」
「あ、あれっ。あの、聞いていましたか、サリオン様?」
「大丈夫、ちゃんと聞いていたとも。突然のことで動揺しているのだろう?」
彼は紫色の澄んだ瞳を細めると、私の両肩にそっと触れた。
「ならば猶更、これからデートして親交を深めよう。そうすれば、カナリヤも結婚する気になるだろう!」
「えっ、ええっ」
「さあ行くぞ!」
「きゃあっ」
サリオン様は慣れた調子で私を抱え上げると、ひらりと身軽にドラゴンの背中に飛び乗った。
「それでは行ってくる! 城を頼むぞ、リュミエ、ヴァルク」
「お二人とも、お気を付けて」
「了解しました、陛下」
リュミエさんとヴァルクさんに一言告げると、銀の鎖の手綱を引きながらサリオン様が声をあげる。
「――アウロス、飛べ!」
鋭い風切り音と共に、一瞬で地面が遠のいた。
「ひゃ、ひゃあああっ!? い、行ってきますっ」
私は何とかか細い声をあげたけれど、その声はきっと地上の二人に届く間もなかっただろう。
髪が乱れる程の強い風の中、景色が高速で流れていく。
私は必死にサリオン様にしがみ付きながら、風圧に耐えていた。
◇ ◇ ◇
黒曜城の広場から二人の魔物が、遠く小さくなっていくドラゴンの影を見守っている。
「行ってしまわれましたねぇ」
「私は納得がいかん。陛下が、あんな人間の娘と――」
「あら、カナリヤ様は良い子ではないですか」
「そういう問題ではない。陛下はいずれ、魔王としてこの世界を統べる御方だ」
「ヴァルク。陛下は"人間"として、この世に生を受けたのですよ」
「本気で言っているのか? あの御方のどこが人間だというのだ。絶大な魔力も、瘴気をもたらす御力も、我ら魔物の王として君臨するのが最も相応しい!」
「陛下はそのようなこと、望んでいないでしょう」
「それは御前たちが、甘言を吹き込むからだ。陛下が何度、人間に失望させられたと思っている?」
「ヴァルク……」
「今回だって、同じに決まっている!」
「ヴァルク、お待ちなさい、何処へ――」
「鍛錬だ! 私は陛下が魔王として君臨なさるまで、御守り通す使命があるからな!」
「ああ、もう、仕方のない」
広場に一人取り残されたリュミエは、既にドラゴンの影も見えなくなった空を仰いだ。
「――頼みますよ、カナリヤ様」




