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第113話 静かな帰還(★サリオン視点)

 僕が目を開くと、夜空の月が視界に飛び込んできた。

 優しい光は、まるであの人のようだと思った。


「陛下っ!!」

「陛下!」


 凄い勢いで、苦しいほどに抱きしめてきたのはヴァルクだった。

 反対側からは、ノクスもしがみ付いてきている。


「お、お前たち……」


 正直な所、頭がぼんやりしていて、状況が把握しきれていない。

 僕は確か神格炉を止めるために、自分の魂を捧げたはずだった。


 その後の意識は朧気だ。

 ただ、悍ましい暗闇に引き摺り込まれていく感覚があった。


 そしてもう駄目かというその時、温かな光が僕を救いあげてくれたのだ。

 あれは確かに、カナリヤだったと思う。


「そうだ、カナリヤ。カナリヤは!?」


 僕が身を起こしながら叫ぶと、ヴァルクは眉を寄せて言葉を詰まらせた。

 ノクスが振り返った先へと視線を向ければ、そこにはリュミエの姿があった。


 そのリュミエの膝を枕にするようにして、カナリヤが静かに横たわっている。


「――カナリヤ!」


 僕は転がるようにしながらカナリヤの方へと駆け寄る。

 その存在を確かめるように、頬に触れて、髪を指で梳いて、抱き寄せた。


「陛下……、カナリヤ様は」


 一歩下がったリュミエの震える声が、僕の鼓膜を揺らす。

 抱きしめたカナリヤからは、何の温度も伝わってこない。


 それは僕がよく知る、意思を持たぬ死体人形だった。


「カナリヤ様は、残念ながら……」



 僕は何も言えなくなった。

 底のない深い絶望がで、目の前が真っ暗になる。 

 泣き叫びたい気持ちも、怒りで全てを破壊したい気持ちすら芽生えた。


 ――けれど、そのどれもできなかった。

 彼女がそんなことを望んでいないことは、僕が一番わかっている。


 それに、何故か僕の胸の奥に、どうしようもなく切なく温かい君の声が響いている。



「……」



 僕は目を閉じ、カナリヤをぎゅっと抱き寄せた。


『愛しています』


『愛しています』


『いつまでも、愛しています』


 伝わってくる音は、幻なんかじゃない。

 彼女の眩しさが、嬉しくて、悲しかった。

 こんな結末を望んではいなかった。


 

 ――僕は、君に、……生きていて欲しかった。

 


 暫くカナリヤに寄り添った後、僕はゆっくりと立ち上がる。


「みんな。帰ろう。カナリヤと一緒に」


 傍に控えている、家族である魔物たちへと僕は告げた。


「黒曜城へ、帰ろう」



 僕の声に応じるように、空から黒銀の竜が舞い降りてくる。

 アウロスの頭を緩く撫でると、僕は白の聖殿を振り返った。


 人間たちの視線が、こちらへ向いているのが分かる。

 そのどれもが複雑な色を帯びていた。

 敵意ではなく、友好でもなく、それは困惑と警戒に近かったのかもしれない。



 僕は何も言うことはなく、アウロスの背へと飛び乗った。

 魔物たちも静かにそれに続く。

 

「飛んでくれ、アウロス」


 掛け声と共に、黒銀の竜が夜空へと飛び上がった。

 高度をあげていく最中、王宮の窓からこちらを見つめる老王の姿が見えた。


 彼は明らかに僕たちを認識していたが、止めようとはしなかった。

 それどころか、申し訳なさそうな表情すら浮かべていたように思う。


 だが、今はそんな政治について考えることなど、とてもできなかった。


 とにかく早く、カナリヤと共に黒曜城へ戻りたかった。

 それが彼女の一番の願いだったのだから。



「……カナリヤ」



 腕の中で眠る物言わぬ妻を、僕は抱き寄せる。

 彼女はこんな時でも、悲しい程に美しかった。


「ずっと一緒だよ」


 黒曜城に辿り着くまで、僕はその身体を抱きしめ続けていた。

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