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第112話 私の願い

 神核炉による被害は甚大で、白の神殿は半壊しているような有様だった。

 負傷者の数も多く、新たに駆けつけた王国兵たちの誘導の元、救助活動が進められている。 


 まだ無事なスペースには敷物が広げられ、臨時の避難所と化していた。

 屋根も何もない場所ではあるが、ここには治療師や魔術師も常駐している。


 ここにいる人々は、日中、地獄の光景に立ち会ったのだ。

 その多くは帰宅することへすら恐怖を覚え、ここで一夜を明かすつもりらしい。


「あれは一体、何を始めるつもりなんだ」

「また儀式か? もう沢山だ」

「中心にいるのは魔王じゃないか?」 


 人々は白の聖殿の中央で祈りを捧げる私たちを、遠巻きに見つめていた。

 その眼差しは疑念と疲労に満ちている。

 彼らにとってはこれ以上厄介ごとが起きないことが、何よりも大切なことだった。



 私たちはそんな周囲の様子を気にすることなく、祈り続けた。


 ――私の魔法は、強い想いによって命を吹き込む。


 だから私は集中する。

 私の想いの全てを、魔力の全てを、目の前で横たわるサリオン様へ捧げるように。


「サリオン様、お願い……」


 サリオン様を包む光が、僅かにその輝きを増した。

 それと呼応するように私の体から魔力が消耗され、視界が揺らぎ始める。

 それでも、私は祈ることを止めない。

 まだだ。まだ、足りない。これでは全然足りない。


「どうか……」


 円となって座っている魔物さん達も祈りを捧げる。

 その魔力は輝く白い球体となって、サリオン様へと寄り添う。


「もう一度……」


 集まった魔力が、サリオン様を包む光を更に強く大きく育てていく。

 少しずつ、少しずつ、彼は柔らかな光に満たされていく。



 そんなとき、見守っていた人間の一人が、真似るように祈りを捧げ始めた。


 彼らも何となく察しているのだ。

 誰がこの世界を救ったのか。

 誰がその犠牲になったのか。


 ――そして今、私たちが何をしようとしているのかを。


 祈りはぽつりぽつりと、連鎖し始めた。

 私たちへ困惑や恐怖の視線を向けていた人間たちが、その壁を越えて祈り始める。


 人間の持つ魔力なんて、ほんの小さなものだ。

 けれどその小さな力が無数に集まって、小さな光の粒がサリオン様へ降り注いでいく。


 気づけば白の聖殿にいる半数以上の者たちが、静かに祈りを捧げていた。



 積み重なった祈りは大きな光となって、サリオン様を包み込む。

 その瞬間、横たわるサリオン様の指先が微かに動いた気がした。 


 私は大きく目を見開く。

 いける。このまま祈れば、サリオン様を取り戻すことができる。



 そう確信を持った瞬間、がくりと体から力が抜けた。



 足先から順に、身体が凍り付くように冷たく動かなくなっていく。


(ああ……)


 私は理解した。

 願いをかなえる為には、やはり代償が必要なのだ。


(それでも)


 不思議と悲しみは薄かった。

 私は消えてしまう訳ではない。


(良かった)


 貰ったものを、返すだけ。

 貴方の中に、還るだけ。



 私は微笑みながら、まだ動く左手で彼の頬を撫でる。


「サリオン様……」


 最後の祈りを込めて、愛しい人へ囁く。

 少しでも、貴方が寂しくないように。


「ねえ、サリオン様。届いていますか?」



 色んな事があった。

 最初の人生も、二度目の人生も。

 辛いことも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも。


「お願い、どうか、忘れないで」


 それでも私が思い出すのは、貴方の笑顔ばかり。

 優しく触れてくれる、温かな指先ばかり。


「私はいつも笑っています。私はいつだって笑っています」


 これが運命なのだとしても、私は全て受け入れる。

 何度繰り返すとしても、私は絶対に貴方を選ぶ。


 私の人生は幸せだったと、胸を張って言える。


「貴方の中で。貴方の傍で」


 彼の指先が、再び微かに動いた。

 私はその手に、そっと自分の手を重ねる。


「……世界で一番、温かな場所で」



 私の目がゆっくりと閉じられる。

 彼の穏やかな顔を瞳に焼き付けつつ、視界は消える。


 世界から、音が消え、温度が消え、感覚も消え去った。

 自分にすら聞こえない声で、私は思いを告げる。



「愛しています」


「愛しています」


「いつまでも、愛しています」

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