第111話 月に祈る奇跡
ロイドと私の父が死に、白の聖殿は静かなざわめきに包まれる。
薄情かもしれないが、彼らの死に大きく私の気持ちが動かされることは無かった。
私の心は、全てサリオン様が連れて行ってしまったのかもしれない。
彼の為に笑おうと思えば思うほど、涙があふれてきてしまう。
「カナリヤ様」
少し間をおいて、ルージュさんが声を掛けてくれた。
そっと私の近くに舞い降りて、黒い羽で寄り添ってくれる。
「カナリヤ」
「カナリヤ殿」
次々に、他の皆さんも傍に来てくれる。
みんなそれぞれ、そっとサリオン様を見つめ、頭や頬を撫で、悲し気に顔を伏せた。
「皆さん……。ごめんなさい。ごめんなさい、私……」
その姿に胸が詰まって、言っても仕方のない言葉が零れ落ちる。
謝っても謝りきれないことだと分かっていても、止めることができない。
「私、サリオン様を、助けられなかった……」
リュミエさんは沈痛な面持ちで、私の手を握る。
「いいえ、カナリヤ様。仕方がないことだったのです。きっと貴女で無理なら、誰であれ、陛下をお止めすることはできなかったでしょう」
ヴァルクさんは顔を腕で覆ったまま、ずっと肩が震えている。
ときおり、苦し気な嗚咽が漏れ聞こえてくる。
「陛下が、最期に一人じゃなくて良かったにゃ」
「幸せそうに、眠っておられる」
ミュラさんとノクスさんがサリオン様の顔を見つめながら呟く。
「陛下、頑張りました」
「とっても、良い子でした」
ブルーさんとジョーヌさんは、そう言いながらも泣くことを止められない。
リュミエさんがそっと彼女たちを抱きしめた。
「サリオン様……、貴方はこんなにも、愛されているのですよ」
私は困ったように彼へ話しかけつつ、懐からハンカチを取り出した。
せめて、ブルーさん達の涙を拭ってあげたいと思ったからだ。
「……」
だが、そのハンカチ――刺繍が縫われたハンカチを見つめて、私は固まった。
「私……」
じっと動かなくなったサリオン様を見下ろす。
私は思い出していた。
サリオン様と初めてのデートの日、竜の飛行で目を回して気絶した私に彼は魔力を送ってくれた。
彼は近しいものとの間であれば、魔力が受け渡しできる体質だと言っていた。
「私は……」
そもそも、私はサリオン様が蘇らせた死体人形だ。
私は元より彼の魔力で満ちている。
そして私自身の魔法は、「物に命を吹き込む」こと。
サリオン様は人間だ。物ではない。
それでも――、
「サリオン様を蘇らせることが、できるかもしれません」
私はハンカチを握りしめたままで、声をあげた。
魔物さん達が、驚愕した様子で一斉にこちらへ顔を向けた。
◇ ◇ ◇
私は広場の中央にサリオン様を寝かせて、その上にハンカチを乗せた。
それから彼の手を取って、自分の手で包み込み、祈りの形を作る。
サリオン様を蘇らせることが出来るかもしれないという私の発言に、魔物さん達は困惑していた。
『私の魔法でサリオン様へ命を吹き込み、私に満ちたサリオン様の魔力で彼を繋ぎとめる』
――それは確かに、荒唐無稽な思い付きだった。
それでも思い付いたからには、試さずにはいられなかった。
概ね皆が賛同する中、難色を示したのはリュミエさんだった。
「理論的に可能かどうかは、私にもわかりません。しかし、何より……」
彼女は苦渋の表情で、それでもはっきり告げた。
「危険です。カナリヤ様は死体人形。魔力をサリオン様へ渡し返せば、無事である保証がありません」
その言葉に、他の魔物さん達も動揺する。
けれど、私の想いは変わらなかった。
「分かっています。覚悟の上です」
「ま、待つにゃ。もし失敗したら、陛下もカナリヤもいなくなるかもしれないのにゃ!?」
「それは駄目だ、カナリヤ殿!」
「でも、成功するかもしれません。二人とも無事かもしれない」
私は彼らの心配を押し切る。
「お願いします、やらせてください。きっと時間が経つほど、成功率は落ちるでしょう。少しでも望みがあるうちに、サリオン様を……!」
これは私の我儘だ。でも、譲ることのできない我儘だ。
必死に懇願する私の肩にヴァルクさんの手が乗せられる。
「……ならば急ごう。我々も魔力を送る」
「ヴァルクさん!」
「ヴァルク、貴方まで」
「止めてもカナリヤ様はやるだろう。ならば、私たちに出来るのは可能な限り補佐することだ」
「はあ。本当に、あなたたちは……」
リュミエさんは暫し頭を手で押さえた後、顔をあげた。
「分かりました。私が皆の魔力を取りまとめましょう。皆、陛下とカナリヤ様を囲うように円になって!」
リュミエさんの声に、魔物さん達が応じる。
こうして私たちは、サリオン様の蘇生を試みることとなったのだ。
すっかり日は沈み、暗い夜空には月が輝いていた。
円になった魔物さん達の中心で、私はサリオン様の手を取りつつ祈る。
「お願い……」
私が魔力を込めると、サリオン様の体が淡く輝き始める。
それは、ほんの仄かな頼りない光だ。
「お願い、帰ってきて、サリオン様……」




