第108話 500年前(★サリオン視点)
「魔王様、恐れながら申し上げます」
僕の前には、平伏する黒いローブ姿の女の姿があった。
カールした白髪はババを連想させる。
しかし、彼女は窯に入っておらず、煙にもなっていない。
「神核炉の封印条件が判明しました」
その場には黒いローブ姿の女の他にも、沢山の魔物たちが跪き控えていた。
何処か見覚えのあるような者達も多い。
甲冑を纏ったゴーレムはヴァルクに似ているし、マントを羽織った軍服の女はリュミエの面影がある。
そこで僕は気が付いた。これは過去の光景だ。
500年前の魔王――僕が魂を受け継いだという存在が、目にした景色だ。
「神核炉は力が満たされるまで、世界を飲み込み続けるよう作られた兵器。なれば、同様に世界を滅ぼす程の力を収めれば、動力は停止し封印されると考えられます」
ローブの女以外は、一言も話すことはない。
重い静寂が場を支配する中、彼女は言葉を続けた。
「魔王様の魂を捧げれば、神核炉は停止するでしょう」
誰も言葉を発することはない。
しかし、控えている多くの魔物が小刻みに震えているのが見て取れた。
俯いた顔に苦悶の色を浮かべる者、絶望に目を見開く者、歯を食いしばる者。
皆、必死に感情を堪えているのだと理解できた。
「魔王様、恐れながら申し上げます」
最初の言葉を繰り返して、ローブ姿の女は話す。
「我々魔王軍幹部一同、魔王様と共に殉じる覚悟はできております」
そこでゴーレムの男と軍服の女が顔をあげた。
二人の瞳には、決意の色が滲んでいる。
「最後の一瞬まで、魔王様を守り抜く覚悟でございます」
次々に魔物たちが顔をあげる。
恐怖も悔しさも全てを押し殺して、戦うと決めた高潔さがそこにはあった。
「どうか、どうか、神核炉を封じるのではなく、戦い抜く御決断を――」
◇ ◇ ◇
急に場面が変わった。
空は煤けた赤茶色をしており、目の前には果てしない荒野が広がっている。
ただただ、何かの残骸と瓦礫が転がるばかりの枯れ果てた土地だった。
――これが、神核炉を止められなかった世界の末路なのだろう。
遠くに薄っすらと巨大な山が見える。
いや、よく見るとそれは山ではなく、肥大化した躯の塔だった。
その先端の空は大きく割れ、黒緑色のモヤが蠢いている。
そして絶えず、街を建物ごと飲み込み続けていた。
「ごめんね、最後まで一緒にいられなくて」
隣から少女の声が響いた。
彼女は全身を包帯で覆っていて、その姿はよくわからない。
「ごめんね、あなたに辛いことをさせて」
その声は、まるで泣いているようだった。
「ごめんね、あのね、私、……あなたのことがね」
言葉は続かず、少女の姿が視界から消えた。
地面に倒れ伏したのだと、遅れて気づいた。
「いつか……。いつか、平和な時代がきたら、いつか……」
それきり、少女は何も喋らなくなった。
彼女を瓦礫の影にそっと寝かせて、再び視界は動き出す。
◇ ◇ ◇
また、場面が変わる。
今度は巨大な神核炉の目の前にいた。
周りには誰の姿も無い。
ただただ、ひたすらに全てを飲み込んでいく躯の塔の前に、立っていた。
これから、この男――魔王が何をしようとしているのかは、すぐに分かった。
(そうか……)
僕は妙に納得した。
僕は魔王の魂を受け継いでいるという。
だけど、魔王本人ではない。その記憶だって何もない。全くの別人だ。
(だけど、そうなんだな。君も、そうだったんだな……)
それでも彼の気持ちは、痛いほどよく理解できる。
どうして今になって初めて500年前の光景が共有できたのかも、分かる気がした。
(僕はこのために生まれてきたのだ)
視界が明滅する。
悍ましく暗い世界へ、全身が取り込まれていく。
――薄れゆく視界の中で、久しぶりに青く澄み渡った空を見た気がした。




