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第107話 英雄と化け物(★サリオン視点)

 大人数の集っていた白の聖殿は今や地獄絵図と化していた。

 悲鳴と絶叫が至る所で響き渡り、虚しく空の割れ目へと消えていく。


 僕は魔法で黒い茨を出現させて人間たちを救おうと試みた。

 しかし躯の塔からは無数に腕が伸び出てきて、倒してもきりがない。

 おまけに僕の魔力すら空に取り込まれ、神核炉の燃料にされている様子だった。


「やはり本体を始末するしかない!」


 仲間の魔物たちは、僕を助けるために限界まで消耗している。

 カナリヤだって疲れ切っているに違いない。

 

 ――今度は僕が立ち向かわなくては。

 

 ロイドの仕掛けてくる炎の渦を蹴散らして、僕は白の聖殿中央にある神核炉の本体まで辿り着いた。

 


「ここまでだ、ロイド。今すぐこの神核炉を閉じろ!」



 僕が声をあげると、ロイドは狂ったように笑った。


「閉じる!? どうして? こんなに素晴らしい力を!!」


「お前、正気か? いま取り込まれていっているのは、お前の仲間の人間だぞ!?」


「仲間? 冗談だろ? 俺を疑い味方しなかった奴らなんて、助けるだけの価値も無い!」


「……っ」


「こいつらは全員死ねばいい! まっさらな世界で、俺はもう一度英雄になる!」


 あまりに身勝手な言い分に、僕はぞっとした。

 怒りすら起こらず、こいつとは心底、分かり合えないのだと思った。


「お前は英雄にはならない。ここで終わりだ!」


 話していても埒が明かないと判断した僕は実力行使に出る。

 魔力で巨大な剣を数十本作り出し、それを一斉にロイドめがけて撃ち出した。


「ははは、無駄だ!!」


 ロイドが叫ぶと炎の盾が召喚され、轟音と吹き荒れる暴風と共に、攻撃を相殺していく。


「なっ……!?」


 呆気なく攻撃が防がれて、僕は衝撃を受けた。

 拘束生活で魔力が弱っていたかもしれないが、それでも本気で打ち込んだ攻撃だ。

 勇者の血筋とはいえ、人間が耐えきれるはずはないのに。


 驚く僕を嘲るように、ロイドは誇らしげに笑う。


「分かったか? 神核炉の力は、起動者である俺にも流れ込んでいる!」


 今度はお返しだとばかりに、ロイドが無数の炎の剣を僕めがけて飛ばしてきた。


「つまり今の俺は、英雄であり、神なのだ!!」


 咄嗟に魔力で防御したが、その威力はすさまじかった。

 大爆発が起こり、白の聖殿自体が再び振動するほどの衝撃が走る。

 僕は吹き飛ばされて、地面を転がった。


「どうした、化け物! そんなものか!?」


 蹲る僕に、ロイドは間髪入れずに炎の渦で追撃を仕掛けてくる。



(――この野郎!!)



 炎が肌を焦がし、熱が肺を焼く。

 身体を引きずりながら何とか逃げ回るも、じわじわと追い詰められていく。

 

 何より、こちらが反撃すればするほど、その魔力が神核炉に吸い上げられていくのだ。

 躯の塔の中心部は心臓のように、赤黒く拍動している。

 その不気味な光は、輝きを増していくようだった。


(この炉に力が満ちてしまったら、更によくないことが起こる気がする……)


 一か八か、全ての魔力をぶつけて塔を破壊してみようかとも考えた。

 だが、失敗すれば一気に神核炉の燃料を満たしてしまうことになる。


 それに、壊すことで逆に制御不能の暴走状態となるかもしれない。

 迂闊な行動を取ることが出来ず、僕は顔をしかめた。


(とにかく、まずはロイドを何とかしなくては)


 起動者であるロイドを止めれば、神核炉も停止するかもしれない。

 しかし、悔しいが今のあの男は絶大な力を手に入れている。

 こちらは魔力を使いにくい上、仮に正面から本気で撃ち合っても勝てる見込みは薄い。


「逃げ回るしかできないなんて無様だな、化け物!」


 当の本人は愉悦の笑みを浮かべつつも、的確に強烈な炎を放ってくる。

 王国警備隊の長をしていたという実力は、本物なのだろう。


「くっ……」


 僕は炎を魔力で無理やり弾きつつ、近くの瓦礫の影に滑り込んだ。

 ロイドは完全にその動きを読んでいたようで、躯の塔の前で悠然と剣を振り上げる。


「……!」


 魔術によって召喚された強烈な炎が頭上で熱を増していく。

 僕が逃げられない状態だと察して、限界まで威力を溜め込んで落としてくるつもりらしい。

 これを防ぎきるのは、正直、難しい。


(だが――、)


 僕は一点だけ、突破口を見出した。

 もう、これにかけるしかない。

 

「ロイド。お前、随分と景気よく魔法を使っているようだが……」


 僕は静かに口を開くと立ちあがり、瓦礫の影から身を晒す。

 予想外の行動に警戒を示すロイドの後ろを、僕は真っすぐに指さした。


「塔の異変には気づいているか?」


「何っ? いい加減なことを言うな」


「嘘じゃない。そうか、まあ、"ただの人間"に分かる訳がないか!」


「なんだと!? 化け物風情が!!」


 安い挑発に乗ったロイドは激昂した。

 僕への警戒は解かぬままに、あの男は躯の塔へ近づき触れた。


「ほら、何ともない。命乞いの時間稼ぎなら、もっとマシな――」


「命乞いでも、時間稼ぎでもない」


 その瞬間、僕は全神経を集中させて塔へ積み重ねられた躯へ魔術を掛ける。

 成功するかどうかは確証はなかった。

 そもそも、この躯――死体が装飾であれば成立しなかった。



 しかし、果たして、鈍い軋む音をあげながら塔の躯達は蠢きだした。



 半身を塔に塗り込められた躯がもがけるのは上半身だけ。

 だが、ロイドを捕らえるならばそれで十分過ぎた。


「うわあっ、な、なんだ!? 塔が!? や、やめ」


 ロイドは悲鳴を上げるが、それも途中で遮られた。

 塔から生え出る無数の腕に全身を絡めとられ、口も目も塞がれて身動きが取れなくなる。


 今のロイドの力があれば、躯たちを炎で吹き飛ばして脱出することは可能だろう。

 だが、彼にそれを実行することはできない。

 最後の頼みの綱である神格炉を、自らの手で傷つけることなど、この男に出来る筈がない。



 やがて、ロイドは躯に殆どのみ込まれるような格好で、動かなくなった。

 気絶しているのか、死んでいるのかさえ判断がつかない。


 ともあれ、意識は消失しているようだった。

 頭上に渦巻いていた巨大な炎の渦も、霧散して消えていった。


「よしっ。神核炉は……!」


 僕は祈りを込めて、躯の塔の上部と赤黒い空を見上げる。

 これで神核炉が沈静化してくれれば、ひとまず事態は収まってくれるはずだ。



 しかし、塔の赤黒い拍動は、ますます輝きを強めていった。

 躯の塔から伸び出る腕も減るどころか数を増し、勢いよく人々を捕らえていく。



「駄目だ! 効いていない!!」


 絶望に苛まれながら、拳を握り締める。

 活発化していく神核炉の様子を見れば、残された時間が少ないことは明確だ。

 いや、今もまさに、犠牲になって死に行く人たちだって沢山出ている。



 ――どうすればいい。どうすれば……!



 神核炉である躯の塔を睨みながら立ち尽くす僕の視界が、突然白く開けた。


 そして、記憶にない筈の光景が、僕の瞳に映し出され始める。

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