第106話 神核炉、起動
「神の力? 一体、何を言っているのですか」
ロイドの言葉は、苦し紛れの嘘にしては確信に満ちていた。
私は声を震わせながら、彼へ問いかける。
しかしその返答より先に、王宮の方から大きな声が響いた。
バルコニーから身を乗り出した老王が叫んだのだ。
「待て、フレアリス伯! まさか神核炉を動かすつもりか!?」
「……!!」
”神核炉”の名が出た瞬間、魔物さん達の周囲の空気が一瞬で張りつめた。
その反応で、私は事態を察した。
「神核炉って、もしかして世界を滅ぼすという遺物兵器の――」
それは以前にサリオン様が少しだけ教えてくれた、失われたはずの技術による兵器だ。
魔導砲よりも、遥かに脅威となると聞かされていた。
「違うよ、カナリヤ。神核炉は魔王を滅ぼす兵器だ。500年前、世界を救った神の奇跡だ!」
高らかに笑うロイドへ、ルージュさんが声をあげた。
「嘘吐き!! 神核炉が世界を滅茶苦茶にしたってババさんが言ってました。人間も魔物も全部飲み込んじゃったって!」
「ふん。魔物風情が、いい加減なことを言うな!」
ロイドの周囲へ高い炎の壁が築かれる。
彼へ飛び掛かろうとしていたヴァルクさんとノクスさんが、その勢いで吹き飛ばされた。
ミュラさんとカラス娘たちが慌てて彼らに駆け寄る。
「事実よ。私は500年前、この目で見た。あれは決して、神の奇跡なんかじゃない!」
リュミエさんは揺らめく炎へ向かって声をあげるが、ロイドはそれを鼻で笑った。
「滑稽だな。お前達が焦れば焦るほど、神核炉の絶対的な力に確信が持てる!」
「リュミエ、とにかくあれを止めれば良いんだな!?」
サリオン様は神核炉という名も知らなかったようだ。
暫くは困惑したまま、私を庇うように抱きしめつつ事態を見つめていた。
しかし、すぐに自分のすべきことを判断して声をあげると、私の頭を優しく撫でる。
「皆とここで待っていてくれ。……良い子だ」
「あっ、サリオン様!」
「……ッ、陛下! 陛下っ!!」
私の返事を待つ間も無く、サリオン様はロイドへと駆けだしていく。
そんな彼を嘲笑うかのように、ロイドは天へ向かって両腕を広げた。
「ははは、魔王よ、もう遅い!」
それを合図とするように、晴天だった空が赤黒く染まって亀裂が入る。
ピシピシとその亀裂は広がっていき、やがて巨大な裂け目となった。
「神核炉は、とっくに起動している!!」
白の聖殿の床に刻まれていた金の放射状の模様が、眩く光り輝き始めた。
その光は中心へと注がれ、真っ白な神像の表面がぼろぼろと崩れ落ち始める。
激しい振動が地面を揺らし続け、落下する瓦礫に民衆と兵士たちは逃げ惑った。
神像の中から姿を現したのは、無数の躯が積み重ねて作られたような巨大な塔だった。
煤けたような色をしながらも、内部は赤黒く鮮明に拍動している。
私とリュミエさんは地響きの中、何とか他の魔物さん達と合流した。
黒銀の竜、アウロスも空から舞い降り、身を挺して私たちを瓦礫から守ってくれている。
「同じにゃ……。500年前と……」
負傷したノクスさんの傍らで、ミュラさんの絶望に染まった声が零れる。
広場の中心に鎮座した巨大な躯の塔は、やがて無数の腕を伸ばし始めた。
その手は無差別に人々を掴み上げると、空の亀裂へと放り込んでいく。
「ひっ、あれは……!?」
「あれは準備段階にゃ。魂を十分に蓄えたらあの空の亀裂が割れて、本格的に世界を吸い込んでいく」
「そんな、止められないんですか?」
「止めるのは……陛下!? そういえば、陛下はどこにゃ??」
「サリオン様は、ロイドを追って神格炉の本体の方へ……」
「にゃんだって!? 駄目にゃ!!」
「えっ」
顔を真っ青にして叫ぶミュラさんに、私は驚いた。
確かに神核炉に近づくのは危険な行為だろう。
――しかしサリオン様であれば、この危機を救ってくれるのではないか。
そんな期待と信頼もあった私は、戸惑いつつも言う。
「ですが、サリオン様なら、きっと神核炉も何とか」
「だから駄目なんにゃ!!」
ミュラさんは取り乱した様子で今にも飛び出しそうな勢いだ。
しかし瓦礫と無数の腕まで跋扈する空間に、出るに出られない様子だった。
「ど、どういうことですか?」
言葉が出なくなってしまった様子のミュラさんに代わって、リュミエさんが口を開く。
彼女もまた、苦悶の表情を浮かべていた。
「500年前、人間の起動させた神核炉で世界は滅びかけました。そのとき、ババが命がけであの兵器の封印方法を見つけ出してくれたのです」
「神核炉の封印方法を?」
「はい。それによって、世界は救われ、我々は生き延びることが出来ました」
「一体、どんな方法なんですか!?」
心臓が早鐘を打っている。
恐ろしい予感が心に渦巻きつつも、聞かないわけにはいかなかった。
リュミエさんはそれに応えるように、悲し気に告げた。
「魔王様の魂を、炉に捧げることです」
その言葉を聞いた瞬間、私は硬直した。
やっと取り戻しかけたサリオン様が、また遠く離れていく感覚に陥った。
小刻みに震えだす私へ沈痛な表情を向けつつも、リュミエさんは言葉を続ける。
「500年前、魔王様の犠牲の元、私たちは、世界は救われたのです」
私はちらりと赤黒く染まる空を見上げた。
人々が悲鳴と共に、今も亀裂の中へと捧げられ続けている。
「けれどその歴史を繰り返すのが恐ろしく……。陛下に神核炉についてをお伝えすることが、我々一同、どうしてもできませんでした」
ミュラさんもノクスさんも、暗い表情をして俯いていた。
500年前を知らないカラス娘たちですら、泣きそうな顔でリュミエさんに寄り添っている。
「陛下は神核炉の封印条件を知りません。けれど、あの御方なら、知ればきっと――」
「サリオン様……!」
私は巨大な躯の塔を見上げた。




