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第103話 覚醒の慟哭

 私は空を頭から落ちていく。

 空気を切り裂いて、信じられない速度で、真っ逆さまに。


 異変を察知した大広場も騒然としている様子だった。

 状況を把握しきれない魔物さんたちが飛び出そうとするも、兵士たちの妨害で動けない。

 


 私を救えるのは、今この瞬間、この世で一人しか存在しない。



 霞む視界の端で、高壇を駆け抜けるサリオン様の姿が見えた気がした。

 彼は必死の形相で叫びながら、そのまま私の方へ跳び上がるように床を蹴った。



「カナリヤー!!!!」



 その瞬間、辺り一帯は眩い光に包まれた。

 サリオン様の首につけられていた首輪は砕け散り、跡形もなく消滅する。


 光は波紋のように白の聖殿を中心として、王都全体へと広がって霧散した。


 眩しさに目を伏せた人々が目を開けた時、処刑場の光景は様変わりしていた。


 白の聖殿の床からは無数の黒い茨の触手が生え出で、全ての兵士を取り押さえていた。

 戦闘から解放された魔物さん達も、呆気にとられたように立ち尽くしている。

 

 その中心には私を確りと抱き留め、蹲るサリオン様の姿があった。


 ――彼の瞳には、完全に本来の光が戻っていた。



「サリオン様!」


 私が嬉しくなって飛びつくと、サリオン様は泣きそうな顔で声をあげる。


「カナリヤ! 駄目じゃないか、こんな……、こんな危険なこと……」


「それは本当に、ごめんなさい。でも、こうでもしないと、貴方を失ってしまいそうで」


「……分かった。悪かった。僕が悪かったよ」


 私を抱く腕に力を込めながら、サリオン様が続ける。


「でも、二度とこんな無茶はしないで。心臓が止まりそうだった」


「はい。でも、信じていましたから」


 私が微笑むと、サリオン様も目に涙をにじませたまま笑う。


「困ったお嫁さんだな。……僕の愛する人は」


「サリオン様、指輪、また嵌めてくれますか?」


 私が左手を差し出すと、彼は紫色の目を柔らかく細める。


「勿論。ずっと、これからも」


 サリオン様が結婚指輪を持ち直して、私の左手の薬指に付け直してくれる。


「僕は君を愛している」



 寄り添い合う私たちの背後から、賑やかな声が近づいてきた。


「陛下ー!!」

「カナリヤ様っ!」


 魔物さん達が私たちの元へ集まってきてくれたのだ。


「皆、すまない。心配をかけたな!」


「本当だよ。もう、もうにゃー!!」

「ご無事で何より……」


 サリオン様は、灰猫のミュラさんに銀の髪をもみくちゃにされている。

 ノクスさんもサリオン様の無事を確かめるように、彼の服の裾を握り締めている。

 リュミエさんは涙ぐみつつその様子を見守り、止めるつもりはないようだ。


「おかえりです!」

「おかえりなさい!」

「これで皆、揃いました!」


 ルージュさん達も、サリオン様へ労わるように擦り寄る。


「ああ。皆で帰ろう、我が黒曜城へ」


 皆が温かい雰囲気に包まれる中、ヴァルクさんだけは少し離れた場所で辺りを見渡していた。

 彼の戦士としての勘が、警鐘を鳴らしていたのかもしれない。


 そしてほどなくして、ヴァルクさんが声を張り上げた。

 


「――陛下、まだ終わっていません。警戒を!!」



 その叫びにサリオン様は素早く応じて立ち上がる。

 魔物さん達も一瞬で警戒態勢となり、私とサリオン様を守るように意識を張り詰めた。



「ふざけるなッ、化け物風情が!!」



 ほぼ時を同じくして、ロイドの激昂する声が轟く。

 彼は自分自身を捕えていた黒い茨を、強烈な炎を巻き起こして焼き尽くした。


 自由になった彼は剣を振り上げ、白の聖殿の中空に巨大な炎の渦を呼び出した。


「ロイド様、おやめください!」

「これでは我々まで!」


「うるさい! お前達にあてないように魔法を使わなかったせいでこのザマだ。負けて良いのか!?」


 あの炎が地上へ下ろされれば、囚われの身の兵士たちの多くも巻き添えを喰らうだろう。

 それを憂いて助けを乞う彼らに、ロイドは怒鳴る。


「俺の炎は英雄の血を引き継ぐ正義の火。魔物だって全て焼き尽くしてくれる!」


 高笑いしながらロイドは剣を振り下ろした。

 それを合図にするように、大きな火の玉が白の聖殿全体へ降り注ぐ。


「防御壁を張るわ。みんな、集まって!!」


 鋭く叫ぶリュミエさんの声に応じるように、私たちは身を寄せた。

 迫りくる熱に怯えるカラス娘たちを、私はぎゅっと抱きしめる。



「いやだ、熱いっ!」

「助けてー!!」



 リュミエさんが展開した半球状の光の防御壁が、ふりかかる火の粉を弾いていく。

 その透明な壁の向こう側では、兵士たちの絶叫が轟いていた。



「……」



 壮絶な光景を静観していたサリオン様が、ゆっくりと手を持ち上げた。


 次の瞬間、黒い茨は兵士たちの拘束を解き、勢いよく天へと伸びていく。

 そして落下してくる無数の火の玉へと衝突し、爆発音をあげながら相殺させていった。


 やがて茨は中空を覆う炎の渦までも飲み込み、最後は燃え尽きて消えていった。

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