第102話 想いの伝え方
処刑場から逃げ去ろうとしたのに、サリオン様は動かない。
私は困惑し、彼に問いかけた。
「一緒に行けないって、どういうことですか?」
私がロイドと結婚するというのは、ロイドの吐いた嘘だと伝わったはずだ。
もう彼を縛るものなど、何もないはずなのに。
「カナリヤが僕を想い続けてくれたと分かった。それはとても嬉しい」
サリオン様は幸せそうに微笑む。
その表情は彼の端正な顔立ちを引き立て、同時に儚さも感じさせた。
「でも、だからこそ駄目だ。僕が傍にいると……君が不幸になってしまう」
「待ってください。何を言っているんですか?」
「ロイドに言われたんだ。魔王の魂は、関わる人間を不幸にするに違いないと」
「そんな! あの人の言葉なんて、真に受けないでください」
「ああ。分かる。ロイドは確かに卑劣な男だ。だけど、その言葉が全て偽りとは限らない」
静かにサリオン様から告げられた言葉に、私は息をのむ。
「カナリヤ。君は僕が唯一、深く関わった人間なんだ。君が辛い人生を歩むきっかけになった火事の直前だって、僕は君と遊んでいた」
「違います、サリオン様。あの火事は!」
「うん。分かってる。僕が起こしたものじゃない。でも、僕が呪いを持って生まれたことは事実だ。この呪いが自覚のないままに、君を不幸にしてしまったことを、僕は否定できない」
それは自分自身を否定するような、苦しい言葉だった。
けれど、彼の発言は淡々と紡がれた。
おそらく何度も何度も繰り返し考えた上で、見出した結論なのだろう。
「サリオン様」
「黒曜城の皆にも申し訳ないと思う。きっと苦労をかけるし、辛い思いをさせる。それでも、僕は……」
彼の指先が、自身につけられた首輪に触れる。
よく見るとひびが入っているようだった。
それでも魔力を押さえる力は健在なのだろう。
「僕はカナリヤが大切なんだ。君が幸せであって欲しい。僕の存在が君を脅かすなら、僕はこのまま世界から消えて良い」
サリオン様は、はっきりと言い切った。
彼は全ての冤罪を受け入れて、魔力を封じられたまま、ここで死ぬつもりなのだ。
だから王国牢からも、一切、逃げようともしなかったのだ。
私がロイドと結婚すると誤解し、絶望したというのもあるのだろう。
けれど、それ以上に、彼を動かしたのは私への想いなのだ。
――ただ、私に幸せになって欲しいという、純粋なまでの想いだったのだ。
「分かりました」
私が返事をすると、サリオン様は悲し気に、それでも何処か安堵したように笑った。
私は自分の薬指から、彼に貰った結婚指輪を引き抜く。
これで彼がもたらす加護の力は消え去った。
それをそっと、サリオン様の手の中へと返す。
私は真っすぐに高壇の上を歩いて行き、黒銀の竜の傍らまでやってきた。
そこで足を止め、少し距離の開いてしまったサリオン様を振り返る。
「サリオン様」
お別れの挨拶でもされると思っているのだろう。
顔をあげた彼へ、私は微笑んだ。
「私は呪いのことは分かりません。魔術に詳しくないし、いい加減なことは何も言えません」
本当は声を大にして叫びたい。私の不幸は彼のせいなんかではないと。
でも、それを証明することはできない。
きっと誰にも真実は分からない。
「もしかしたら私の人生の不幸は、貴方と関わったからなのかもしれません」
暗い表情を浮かべるサリオン様へ、私は続けた。
「……それでも私は、サリオン様が良いです」
私ができる唯一のことは、想いを伝えることだけだ。
私の中にある真実を、彼に伝えることだけだ。
「たとえこれまでの困難が、全て貴方にもたらされたものであったとしても、私は構わない」
辛いことの多い人生だったと、正直思う。
それでも、私は何度でも立ち向かっていけるだろう。
「貴方に出会えるためだったのならば、構わない」
サリオン様と出会えたこと自体が、私にとってのかけがえのない幸福だ。
彼でなくては駄目なのだ。
彼の為だから、私は頑張れる。
「私は今までの人生にも、これからの人生にも、胸を張って生きていける」
それだけは、自信を持って言葉にすることが出来た。
なぜなら――、
「私はサリオン様の妻ですから」
唖然とした表情を浮かべるサリオン様に静かに微笑むと、私は黒銀の竜に飛び乗った。
「アウロス、飛んで! 高く、高く――!!」
アウロスは一瞬戸惑ったが、私の指示に従い空高く昇っていく。
「カナリヤ……?」
困惑した呟きを零すサリオン様へ、私は目を細める。
「私はサリオン様を、信じています」
黒銀の竜は勢いよく空を駆け、あっと言う間に声も全く届かない距離になる。
白の聖殿中央にそびえる神像と同じほどの高さまでやってくると、私はアウロスを止めた。
遥か下方に、処刑場が見える。
強い風が吹き荒れ、私の黒髪を巻き上げる。
息が詰まりそうな高さだ。眩暈がしてくる。
それでも私は、指輪のない左手を握り締めて覚悟を決めた。
「また、指輪を付けてくれますよね」
そして思い切りアウロスの背を駆け、何もない空へと飛び降りた。




