第9話 食材店ブラックプリンス
魚人街Bゾーン。
市場の一角にある大型食材店。
『ブラックプリンス』
魚人街でも指折りの食材買取店であり、探索者たちが毎日のように魔物の肉や山菜、珍しい食材を持ち込む店だった。
店内では魚人や亜人たちが忙しく働いている。
「次の方ー!」
「魔物肉はこちら!」
「干物三十キロ入りまーす!」
活気に満ちた店の奥。
レジ近くの大きな椅子へ、一人の女性がどっかりと腰を下ろしていた。
鱶田 恭子。
ホホジロザメの魚人ハーフ。
身長二メートル三十センチ。
筋肉質な巨体に鋭い目。
魚人街Bゾーンの顔役の一人として知られ、食材店ブラックプリンスの女主人でもある。
「ふぁぁ……。」
暇そうに欠伸をしながら、片手でホッケの干物を持ち上げる。
バリッ。
まるで煎餅でも食べるように、一口で砕いた。
ボリボリと骨ごと噛み砕き、そのまま飲み込む。
「今日も平和だねぇ。」
そんな時だった。
入口のベルが鳴る。
カランカラン。
「いらっしゃ……。」
店員が顔を上げる。
「あ。」
「琥珀ちゃん。」
朝霧琥珀が店へ入ってきた。
その後ろには、見慣れない黒猫耳の少女。
「誰だ?」
「ケットシー?」
「見ない顔だな。」
周囲が少しざわつく。
恭子もちらりと視線を向けた。
「貧乏猫か。」
琥珀はこの店では有名だった。
装備代にお金が消え、毎回安い食材ばかり買っていくE級探索者。
「あいつ。」
「今日は何持ってきた?」
「また売れない山菜じゃない?」
店員たちが苦笑する。
その時。
琥珀たちは買取カウンターへ向かった。
「すみません。」
「買取をお願いします。」
受付の魚人店員が笑顔で箱を受け取る。
「今日は何かな?」
箱を開ける。
「……。」
固まる。
「え?」
もう一度見る。
「…………。」
汗が流れる。
「ど、どうした?」
隣の店員が覗き込む。
「えっ。」
二人とも固まった。
「これ……。」
「俺じゃ判断できない。」
「姉さん!」
大声が店内へ響く。
「姉さん!」
恭子は面倒くさそうに振り向いた。
「なんだい。」
「忙しいんだけど。」
「いや……。」
店員が困った顔をする。
「これは俺らじゃ査定できません。」
「査定?」
恭子はため息をつく。
「しょうがないねぇ。」
立ち上がる。
床がミシッと鳴る。
ホッケの干物をもう一口。
バリッ。
骨ごと噛み砕きながら買取カウンターへ歩いていく。
「どれ。」
「また金にならない物でも拾ってきたんじゃないの?」
そう言いながら箱を覗き込んだ。
「……。」
動きが止まる。
箱の中には、黄色く熟したバナナが五房。
さらに、見たこともない包装の板チョコレートが十枚。
甘いカカオの香りが、箱の中からふわりと漂ってくる。
「……おい。」
恭子が低い声で言った。
店内が静まり返る。
「これ。」
一本のバナナを持ち上げる。
ずっしりとした重み。
傷一つない美しい黄色。
次に板チョコを手に取る。
包装を少し開ける。
その瞬間。
濃厚なカカオの香りが広がった。
「……本物か。」
恭子はゆっくりと萌香へ視線を向ける。
鋭い目が細くなる。
そして。
口元がにやりと吊り上がった。
「へぇ。」
「また、とんでもない金になる物を持ってきたね。」
その一言で、店内の空気が一変した。
買取カウンターにいた店員たちは、ごくりと唾を飲み込む。
魚人街最大級の食材店。
その女主人が、本気になった瞬間だった。




