第7話 魚人街の門
魚人街Bゾーンの入口。
巨大な鉄製のゲートの前では、武装した魚人警備隊が通行人を一人ずつ確認していた。
ライフルを肩に掛けた魚人。
槍を持つ半魚人。
受付では身分証の確認が行われている。
「結構厳しいんだね。」
萌香が小声で言う。
「戦争の頃からね。」
琥珀も声を潜める。
「密輸も多いし、魔物が紛れ込むこともあるから。」
順番が回ってきた。
「おっ。」
受付の魚人が笑う。
「琥珀ちゃんじゃねぇか。」
「久しぶり、おっちゃん。」
「今日もダンジョン帰りか?」
「うん、疲れたぁ……。」
魚人は苦笑した。
「毎日大変だな。」
すると視線が萌香へ向く。
「……そっちのお嬢ちゃんは?」
琥珀はすぐに答えた。
「親戚。」
「え?」
萌香は思わず琥珀を見る。
「身分証を盗まれてね。」
「しばらく私の家で面倒を見ることになった。」
魚人は眉をひそめた。
「身分証なし?」
「それは通せねぇな。」
「規則だから。」
琥珀も負けない。
「仮カード作れるでしょ?」
「理由が理由だし。」
「いやぁ……。」
魚人は腕を組む。
「面倒なんだよ。」
「書類もあるし。」
「隊長に怒られるし。」
「頼むよ。」
「この子、本当に困ってるんだ。」
「うーん……。」
魚人はまだ渋っている。
その様子を見た萌香が、小さく琥珀へ耳打ちした。
「これ……。」
リュックを開く。
頭の中で《魔法取り寄せ》。
⸻
【魔法取り寄せ】
所持ポイント 4,536Pt
果物
・バナナ(1房) 150Pt
⸻
「もう一本出す?」
「え?」
ボフッ。
黄色いバナナがもう一房現れた。
所持ポイント 4,386Pt
萌香は琥珀へそっと渡す。
琥珀は一瞬固まる。
「……いいの?」
「うん。」
琥珀はバナナを魚人へ差し出した。
「おっちゃん。」
「いつものお土産。」
魚人は何気なく受け取ろうとして……
止まった。
「……。」
「…………。」
「ファッ!?」
目を丸くする。
「ほ、本物のバナナじゃねぇか!!」
周囲の魚人警備員まで振り向いた。
「おい!」
「どうした?」
「バナナだ!」
「しかも本物!」
魚人は慌ててバナナを制服の内側へ隠した。
「こんなもん貰ったら……。」
「俺、今日眠れねぇぞ。」
琥珀は笑う。
「だからお願い。」
魚人は深いため息をついた。
「……仕方ねぇ。」
「今回は特別だ。」
引き出しから一枚の白いカードを取り出す。
魔導端末へ情報を入力し始めた。
カタカタカタ……
やがてカードが淡く光る。
「ほら。」
魚人街Bゾーン臨時身分証
「有効期限三十日。」
「その間に正式な身分証を作れ。」
萌香は深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
魚人は照れくさそうに鼻をかく。
「礼なら、そのバナナに言ってくれ。」
「隊長には内緒だからな。」
「もちろん。」
二人は笑顔でゲートをくぐった。
そこから先は、まるで別世界だった。
地下へ続く広い市場。
魚介を焼く香ばしい匂い。
露店には魔物の肉。
干物。
野菜。
魔石。
武器。
防具。
符呪。
魚人の子どもたちが走り回り、ケットシーが屋台で魚の串焼きを頬張っている。
「わぁ……。」
萌香の目が輝く。
「すごい!」
「楽しそう!」
「魚人街へようこそ。」
琥珀が笑う。
「ここは地上より少し貧乏だけど。」
「みんなで助け合って暮らしてる街なんだ。」
二人は市場をゆっくり歩いた。
魚屋のおじさんが手を振る。
「琥珀ちゃん、お帰り!」
「今日は何も買えないよー!」
「ツケでもいいぞ!」
「あはは、給料日まで待って!」
そんなやり取りに、萌香も思わず笑ってしまう。
市場を抜けると、古いアパートが並ぶ住宅街へ出た。
コンクリートはひび割れ、外階段には錆が浮いている。
「ここ。」
琥珀が立ち止まる。
築年数を感じさせる、二階建てのぼろアパート。
それでも窓辺には花が飾られ、どの部屋からも夕飯の匂いが漂ってくる。
「私の家。」
「ちょっと古いけど。」
「落ち着く場所だよ。」
萌香はアパートを見上げ、笑顔でうなずいた。
「うん。」
「なんだか、帰ってきたみたい。」
異世界へ来て初めて。
萌香は「居場所」と呼べる場所へ、たどり着いたのだった。




