第4話 本物のチョコレート
八王子駅南口。
バスターミナルのベンチに腰掛けた甘城萌香は、大きく息をついた。
「今日は……いろいろありすぎたなぁ。」
階段から落ちて目を覚ましたら、知らない世界。
スマホは使えない。
電子マネーも使えない。
お金もほとんどない。
「でも、お腹は空くんだよね……。」
萌香は苦笑しながらリュックを開いた。
頭の中で《魔法取り寄せ》を呼び出す。
⸻
【魔法取り寄せ】
所持ポイント 4,997Pt
パン
・チョコレートクリームパン 98Pt
・チョコチップメロンパン 98Pt
・あんぱん 90Pt
・ジャムパン 88Pt
・焼きそばパン 105Pt
⸻
「今日は甘い物!」
萌香は迷わず選択した。
『チョコレートクリームパン』
『チョコチップメロンパン』
さらに天然水も一本。
『天然水 35Pt』
「取り寄せ。」
ボフッ。
ボフッ。
ボフッ。
リュックの中へ商品が現れる。
残りポイントは4,766Pt。
「いただきます!」
袋を開けた瞬間だった。
ふわり。
濃厚なカカオの香りが夕方の風に乗って広がる。
「ん~~!」
萌香の頬が自然と緩んだ。
「これこれ。」
「やっぱりチョコは最高!」
チョコレートクリームパンを一口。
ふわふわのパンに、とろりとしたチョコクリーム。
疲れがすっと溶けていく。
「おいしい……。」
続いてチョコチップメロンパン。
サクサクの生地。
口の中で甘いチョコチップがほどける。
「幸せ……。」
その時だった。
プシューッ。
一台の路線バスがロータリーへ入ってくる。
行き先表示。
『鑓水ダンジョンフィールド → 八王子駅南口』
乗客が数人降りてきた。
その中に、一匹の小さなケットシーがいた。
身長は百五十センチくらい。
白と黒のふわふわした毛並み。
丸い猫耳。
大きくてふさふさの尻尾。
どこから見ても「かわいい猫」。
……なのだが。
「ふにゃぁ……。」
歩き方に元気がない。
耳はしょんぼり垂れ下がり、尻尾もだらんとしている。
背中には大きなリュック。
革鎧は何度も修理した跡だらけ。
胸元には探索者証。
E級探索者。
「今日もダンジョン残業……。」
「もう動けない……。」
「お腹すいた……。」
完全に仕事帰りのお疲れモードだった。
萌香は思わず笑ってしまう。
(かわいい……。)
(でも、なんだか私みたい。)
その時。
ケットシーの耳がぴくっと動いた。
「……?」
鼻をひくひく。
もう一度。
「にゃ?」
だらんとしていた尻尾が、ぴんっと立つ。
「甘い匂い……?」
さっきまで眠そうだった目が、急にきらきら輝き始めた。
まるで猫がおやつを見つけた時のようだった。
匂いを追いかけるように歩き出し、萌香の前でぴたりと止まる。
「ねぇ。」
萌香が顔を上げる。
「はい?」
ケットシーはパンをじっと見つめていた。
「そのパン……。」
「え?」
「チョコの匂いがする……。」
耳がぴくぴく。
尻尾もふわふわ揺れている。
「それ。」
「本物のチョコレート?」
萌香は首をかしげた。
「普通のチョコパンですけど?」
「普通……?」
ケットシーは固まった。
「普通って言った?」
「はい。」
「コンビニでよく買ってました。」
ケットシーはパンから目が離せない。
「いいなぁ……。」
ぽつりとつぶやく。
「私。」
「代用チョコしか食べたことない。」
「ダンジョンで売ってるチョコなんて。」
「大豆と芋でんぷんを固めただけだし。」
「全然甘くないんだ……。」
その瞬間。
ぐぅぅぅぅ。
かわいくお腹が鳴った。
「あっ……。」
ケットシーは耳まで真っ赤になる。
両手でお腹を押さえ、小さく丸くなった。
「ご、ごめんなさい……。」
萌香は思わず吹き出した。
「ふふっ。」
「良かったら、一緒に食べません?」
「え?」
「半分こ。」
「疲れた時は、甘い物を食べると元気になりますよ。」
ケットシーは目を丸くした。
「半分も?」
「本当に?」
「もちろん。」
萌香はチョコクリームパンを半分に割って差し出した。
ケットシーは宝物を受け取るように、そっと両手で受け取る。
「ありがとう……。」
小さく頭を下げる。
「私、朝霧琥珀。」
「E級探索者のケットシー。」
「甘城萌香です。」
「元会社員です。」
「会社員?」
「毎日残業ばっかり。」
「ふふ。」
琥珀も笑った。
「私も毎日ダンジョン残業。」
二人は顔を見合わせる。
そして同時に笑った。
魔物がいる世界でも。
仕事に疲れるのは同じ。
だからこそ。
甘いパンを半分こしただけで、少しだけ心が軽くなった。
二人の小さな友情は、チョコレートの甘い香りと一緒に始まったのだった。




